第88話:伊400の休息④
富嶽艦長に教えられた兵器市場に日下は足を運ぶことにしたのである。
リニアモーターカーに乗って10分後、“葦原駅”という所で降りて出口から出ると直ぐそばに兵器市場へようこその看板が立っていて日下は建物の中に入っていく。
「……これは凄い広さだ……な、案内地図を見ながらでないと分からないな」
そう言うと入り口に置いてあった地図を開けてみると色々な区切りが示されていて陸軍・海軍・空軍の3つに分かれていたがそれに加えて宇宙という項目もあったが取りあえず、海軍区域に足を運んでみることにしたのである。
その海軍区域に向かう途中、ふと空軍区域の方を見ると見慣れた機体が展示されていたが不名誉な機体名であった。
「あれは……人間爆弾桜花だな? 特攻兵器用として展示しているのか? まさかな」
日下の独り言の呟きに背後から力を込めて反論してくる言葉が聞こえて来たので振り向くと一人の男性が立っていた。
「見たところ、海軍少将様とお見受けするがこの桜花は特攻兵器ではありません!」
怒気を含んだ物言いに日下はたじたじとなり深く頭を下げて謝罪するとその人物もつい興奮してしまったことを詫びると共にこの桜花の事を聞いてくれますかと言ってきたので日下は笑みを浮かべて頷く。
「私の名は『太田正一』と言います。旧日本海軍大尉が最終階級でした」
日下は太田正一と名乗った人物をまじまじと見てああ、彼も又、戦後も苦しんで来た方だったのかと思った。
「その名前は私も存じています。桜花の発案者の方ですね? 戦後も大変な御苦労をされたと聞いています。申し遅れましたが私は『日下敏夫』と言います。伊400艦長で最終階級は中佐でした」
その名を聞いた太田は飛び上がるほど、吃驚して日下に自分の今しがたの境遇を話した時、日下も又、驚愕する。
「1994年に他界する寸前、高野山弘法大使様の導きによって別世界に転移したと? しかもその場所があの朝霧翁様がいる世界……」
流石の日下も絶句したが太田も又、絶句する。
暫く無言であったがやっと日下が口を開いて太田に話しかける。
「……朝霧会長の下でこの桜花を製作されていたのですか……」
日下は数十メートル離れているところに展示している桜花を見ながら言うと太田は頷いて正に朝霧会長のお陰で研究と開発に専念できていると言う。
「朝霧会長から日下艦長の事も聞いています。潜水空母“伊400”で数々の並行世界の日本を救う旅に出ていると」
太田の言葉の中に日下は頷いて悲しいことも嬉しいことも数えきれない程、体験してきましたと言うと話を元に戻してその桜花の事を聞く。
太田は目を輝かせて桜花の性能を始めとする全てを説明していく。
「……成程、初めから死にに行く特攻兵器ではなく出撃して無事に生還する為の生きるための戦闘機ですか」
日下の言葉に太田は頷くとあの時代の時はそんな事を言い出す雰囲気ではなく特攻こそ戦況を打開するのが軍の方針であったと言う。
「それにですね、私が戦後に絶望して怒りに震えた事も多々ありました。日下艦長も御存じだと思いますが当時の指揮官達は、若者たちを特攻と言う生きて帰らない死出の旅を賛辞して送り出しておきながら戦後は皆が口をひっくり返して自分は反対であったとか特攻と言う手段は最悪な事だったと手のひらを返していかに反対していたことを堂々という卑怯者に憤慨していました。その代表たる者が戦後、航空自衛隊の最高位までいき議員になった人も含まれます。それに対して、敗戦直後に特攻という戦法を採用したことの責任を取った『大西滝次郎』閣下は立派な方だと思いました」
太田が長年腹の中に収めていた憤慨している言葉が日下との会話によって一気に放出されたのだと日下は感じる。
「……そして……弘法大使様の導きによって朝霧会長と出会って太田さんは救われたのですね?」
日下の言葉に太田はやっと少しだけ笑みを見せて頷くと自分が今まで思っていたことを話す。
「日下艦長、私は大東亜戦争が終わった時から現在まで熟睡したことがないのです。今は殆ど見ることはありませんが無数の恨みの声が私の精神を脅かしていました。私が転移する前まで悪夢にうなされて謝罪の言葉を言っていたとの事です」
そう言うと太田は桜花の方を見ながら再び喋り始める。
「あの桜花は私が操縦する機体でして縦横無尽に空を駆け巡ることが出来ます。私はあの桜花で特攻兵器としてではなく敵を葬って無事に帰還する戦闘機だと証明したいのです。その時こそ、私が熟睡できるときです。日下艦長、ここで出会ったのも縁ですがこの私と共に桜花を伊400の艦載機として採用して頂けないでしょうか?」
太田の言葉に日下はじっと目をつぶって数十秒間、何かを考えていたが首を横に振って断る。
「太田さん、貴方の気持ちは嫌でもわかるし真剣な事もひしひしと伝わってきますが今の太田さんは自分の事しか考えていないと思います。我々は普通の旅に出ているわけではありません。それに……伊400には“晴嵐”という戦闘機を三機積んでいますので余裕もありません」
日下の言葉に太田も分かってはいましたが自分の想いを告げたかったと言うと日下も頷いて再び語り掛ける。
「あの桜花は見たところ、陸上から離陸するようですが伊400はカタパルトを使用しています。いつの日か縁があればきっと太田さんと桜花を迎え入れる事が来るかもしれません。それまで潜水空母仕様でもいけるように改造をお願いします。お互い、時間は無限にあると思いますので」
日下の言葉に太田はにっこりと頷くと頭を下げて長々と呼び止めて好き放題に言った事を詫びるが日下は全然気にしていないし新たな出会いが出来てこちらも嬉しい事を言うと太田も頷いてそれでは自分は桜花の所に戻りますが日下艦長も次に会うまでお元気でと言う。
「太田さんもお元気で! 朝霧会長によろしくと言ってください」
日下の言葉に太田は大きく手を振りながら頷いて去っていった。
それを見送った日下は久しぶりの出会いに心が躍っていた。
「……桜花か、そう長くはない予感がするが……」
そう言うと再び日下は海軍区域の方へ足を運んでいく。
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