第51話:暗雲?

 現在、伊400はサンフランシスコ湾南方40キロの水深50メートルの地点で停止していた。


「艦長、これからの行動は?」


 橋本先任将校の問いに日下は腕を組んで何かを考えていたが顔を橋本の方に向けると因惑した表情で喋る。


「このまま日本本土から派遣される5個師団が到着するまでサンフランシスコ市に留まるのが正解なのだが……何か嫌な予感がしてならないのだ」


 日下は正面に吊るされている米国本土西海岸から中央部の地図を見ながら呟くと指でロッキー山脈を越えてデンバー市へなぞる。


「……まさか……陸軍さんだけで奥地へ進撃? はは、流石にそこまで馬鹿ではないでしょう……いや、インパールの例もありますね」


 橋本もう~んと唸りながら地図を凝視しながらやはり当初の予定通り、サンティエゴを占領してそこを拠点として米軍を待ち構えて叩き潰す策が正しかったのですねと言う。


「そうだな、石原閣下の作戦を当初からしていればよかったのだが……。取り合えずは注意深く様子見をしないといけないか……」


 日下は暫く、このままここの付近で様子見をしようとしたが意表を突いた急報が飛び込んでくる。


「残存ソ連軍が満州に雪崩れ込んだと!?」


 ナチスドイツにモスクワを落とされてウラル山脈まで制圧されたが極東方面にはまだまだ膨大な兵力が残っていてそこには名将の名将と言われる『ゲオルギ・ジューコフ』元帥が指揮を執っていたのである。


 新たにソ連書記長となったのは穏健派と言われる『ニキータ・フルシチョフ』でスターリン政権の中で唯一、生き残った人物である。


「日ソ中立条約を破って侵攻したという事か?」


 日下の問いに無線員がニュースを傍受した限りの内容はそうで中国の毛沢東と手を組んで二正面で満州へ攻め込んだみたいですと言う。


「蒋介石とは休戦をしている筈だが……その彼はどう出るのだろうか? 一緒に分け前を貰う為に満州へ攻め込むかそれとも毛沢東の背後をついて叩き潰すか? 確かな事は今回の件でルーズベルトは安堵しているだろうな」


「艦長、確かな事は現在、布哇に到着した5個師団以降は米本土には来ないという事ですね?」


 橋本の言葉に日下は頷くと至急、日本へ戻りソ連軍と中国軍を叩き潰すための手伝いをしようと決意してそれを石原莞爾に伝達する。


「無人機ですが“晴嵐”を置いていきます。どんな距離が離れていてもこちらで操縦できますのでご安心を」


 布哇から直ぐに返答が来て石原莞爾直々に了解したとの事。


「本音を言えばこの私が満州事変を引き起こした張本人だから侵略者にはこの私自身が立ち向かいたかったが現在の状況がそれを許さない。だから日下艦長と伊400にお任せします。無事に終われば一献、酌み交わしましょう」


 石原との無線のやり取りに日下は向こうには見えないが笑みを見せながら頷く。


「……無謀にもロッキー山脈を越えて進軍する事になれば“晴嵐”でデンバーを更地にしなければいけないか……」


 こうして伊400は針路を日本に向けて出発する。


♦♦


「はあ……? 今、何と言った? 陸軍さんが明後日にロッキー山脈を越えてデンバーへ進撃?」


 戦艦“武蔵”司令長官室内で宇垣参謀長と将棋を指していた山本長官が顔を上げて通信班員に言う。


「……その件で辻政信がこの“武蔵”に来ると? よろしい、何を狂った考えを持ったかとくと聞いてみよう」


 山本は、宇垣に続きは後日にしようと言い、帽子を被り司令官室から出ていく。


 部屋に残った宇垣も立ち上がり長官室を出ていく時に山本長官の苦労が増えるなと同情する。


 一時間後、辻政信が“武蔵”にやってきて山本長官と直々に話し合いをするが結局、陸軍の我儘が通り、単独で進撃することになる。


「辻参謀、はっきり言うが米国を甘く見ない方がいいですよ? 寺内大将によろしくと言っておいてください」


 山本の言葉に辻は陸軍式の敬礼をして“武蔵”から退艦して艇で陸地に向かうのを見ながら山本は軽蔑した表情で見送っていた。


「誇大妄想の塊の典型だな、確かに頭が切れて天才頭脳を持っているのだろうが思想が危険すぎる。これは……大敗する確率が大だな」


 山本はじっと辻が乗った艇を眺めていると上空に航空機のエンジン音が聞こえてきて見る見るうちに“武蔵”上空を通過していった。


「おう、陸軍航空隊か! しかも精強で知られる“加藤隼戦闘隊”じゃないか」


 甲板では乗員達がお~い、お~いと帽子を振りながら見送っていて隼も翼を横に振りながら挨拶をして陸地へ去っていく。


 山本が加藤隊を見送っていた時、通信員が息を切らせながら駆けてきて急報を山本に告げる。


「ソ連軍が満州に攻め込んだと!? これは……面倒なことになったな。布哇の石原さんと話してみるか」


 布哇の石原との会話が終わると山本は、それなら安心だと心の中で呟くと46センチ主砲を見上げる。


「無用の長物と思っていたが……陸地砲撃に専念すればこれほどの兵器はないな」

 新たな運用を見つけた山本は満足な表情をして再び主砲を見上げる。

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