トコゲゲ島全壊伝

在存

第一章:宇宙人を取っ捕まえろ!

第1話:青春とは悪の帝国である

 「この世界は悪の帝国に支配されていて、いつ悪の怪人が襲ってくるかも分からないのだ」と良き友人に告げられたらどう思うだろうか。

 「意味分からないんだけど!」と真っ先に脳の血管が切れるのは健常の証であるから安心して脳外科に行き血管を治してもらいたい。翻ってあなたが極めて寛容な賢人ならば、ああ最近そういうフィクション映画かアニメが流行っているのね知らなかったよと即妙に受け流すことができるかもしれないが、目の前の友人がそれを聞いて怪訝な様子で「いや、真面目に忠告しているんだが。いつこの平和が終わるか分からないのだから入念に備えておけ」と喰いかかってきたのなら流石に困惑をあらわにせざるを得ないだろう。ましてやその友人が「返事はどうした? この愚人が」とでも言いたげな開いた瞳孔であなたを見つめてきたのならば、いくら積年の友情があるとはいっても無言で裸足で逃げ出してしまったとてあなたを責めることは誰にもできまい。



 さて当然このぼくは悪の帝国や怪人などといった奇々怪々が世界にほんとうにあると信じているような電波蒙昧厨二病では滅相もないので安心いただきたい。本当ですよ見くびらないでほしいね。いや、格好つけずに言えばそういった妄想に気持ち良く浸っていた頃も数年前まであった。

 自分の部屋の窓から見える景色はいつだって同じで、家と学校を往復するタイムスケジュールに一時間以上の狂いが生じることは滅多にない。こんなのつまらなすぎるじゃないか誰がこんな映画やアニメを好んで観るんだと。怪人や宇宙人のひとつやふたつ、魔法や陰謀のみっつやよっつくらいあってくれないと張り合いがないというものだと。例えば今から三年前のそれこそ厨二時代には、夜寝る前の布団で、突如学校に黒ずくめの集団が異形のモンスターを携えて現れ、周りが絶叫混乱する中でぼくだけが力を覚醒させて戦う妄想を何度もした。しかしある瞬間から妄想の中のぼくですら、そんな都合の良い世界があり得ないことに気づけるようになり、まぶたを閉じながら悟った──人生ってぼくってこんなもんかと。それは行きすぎた痛い冷笑などではなく、だれしもが通る成長の始終だと理解している。そうだよな? そもそもそんな妄想したことないですよという方は伏せて黙って手を上げて後で職員室に来ていただければ幸甚である。


 最初の話に戻れば、悪の帝国だ怪人だなんて本気で言ってしまう友人などこのぼくもまっぴら御免だ。裸足でとまでは言わないが最高性能の靴をはいて全力で逃げ出してやりたい──しかし困ったことに、十五年来の一番の幼馴染が、「それ」なのである。ぼくと違って未だに、われわれが住む小さな島に学校に、怪人が宇宙人が悪の組織が襲い掛かってくると本気で信じている電波蒙昧厨二病略して電蒙厨。自分が正義の味方として、そういった外敵を一挙に打ち払わねばならないと本気で言い聞かせている痛い奴。しかも驚くなかれ、彼にとって悪の帝国とは、黒ずくめの集団でも異形のモンスターでもなく……


「いいか槐島げじま君。青春とは悪の帝国である!! 馬鹿みたいに走り回ったりLINEしたりアイスを舐めたり海ではしゃいだり恋をしたりする彼ら彼女らは、悪の瘴気に侵された大バカ共なのだ! この私と槐島君とで、かの悪の帝国を打ち破らなければならない、それが我ら『絶対正義防衛部』の使命なのであるぅぅぅぅ!!!!」


 ああ五月蠅い。ぼくが勝手に奴のことばをリフレインしているだけなのにボリュームの調整が効かないんだが。

 とかく、ぼくの幼馴染にとって悪とは青春そのものなのである。そして青春を謳歌している者こそが悪の怪人であり、それが宇宙人の陰謀だというのである。


 当然そんな世界観、受け入れるなんてまっぴらごめんだ。ぼくはぼくなりに、それっぽい青春で夏を感じてみたいってこの年になっても臆面なく言うことができる。まだ言う事ができている。もちろんこの青春へのただれた渇望を一瞬でも口にしてしまえばアイツからどんな色した薬品かけられて服だけ溶かされるかわかったもんじゃない。たあまあ少なくともアレの顔色は、いつもどおり真っ白なんだろうな。


さてここまでの凄まじい妄言に呆れつつもページを繰ってくださった皆さんに対しては悲報の上塗りとなってしまい申し訳ないのだが、本日八月三十日。きょうも『絶対正義防衛部』の幽霊部員であるぼくは、奴の「悪を滅ぼす」計画に腐れ縁で付き合うことになっていた。


 明楽栄純あきらえいじゅんに、きょうも呼び出されていた。


 *


「いや、意味分からないんだけど」


「うん仰る通り。明楽に対してはそれが健常の反応だとぼくも思う」


「そのアンタが明楽と未だにつるんでんのが意味分かんないって言ってんのよ」


 言いながらぼくが注文した海鮮ハンバーガーをトレイで運び置いて、彩陶甜花さいとうてんかは頭の三角巾に前髪をしまいながら「今日はアイツはいないの?」と、白のベンチに座るぼくに言った。

 

 ぼう、と流れ込む潮風があたりの草々とハンバーガーの包み紙を揺らす。


 八月三十日、つまり我らトコゲゲ高校の夏季休暇もあと二日で終わろうとする中、クラスメイトの彩陶は実家のハンバーガーショップ『彩SONG』で健気にも売り子をしていた。我々同級生がたむろすこの場所も、この昼はぼくしか客がおらず閑散とした様子である。黒のボブカットが特徴の、快活で男子人気も大変高い彩陶の夏季休暇限定の家庭的な装いをお目にかかれる機会であるにもかかわらず、今頃皆さんは宿題をやっつけるので忙しいのであろう。ぼくは一ヶ月分ほど溜めている日記にしたためるストーリーを思案しながら海鮮ハンバーガーにかぶりついた。


 彩陶も他に客もいないのだし座れば良いのに、彼女なりのポリシーなのか仁王立ちして勝気な目でぼくを見下げる。三角巾にエプロン姿なのもあってえっ母親ですか? 怖いんだが、と思いながらも、「明楽は残念ながら先に用事があるんだとよ」と返す。


「なによ残念ながらって」


「明楽待ちなんだろ? 今も店員として臨戦体勢なのも」


「ちゃうわ! アイツと店員として素面保って話し続けられる自信ないしゴメンだって。ただアンタがここ来るときはいつも二人のイメージだからってだけ」


「そうかねえ」と言いながらも、この休暇を思い返せば『彩SONG』で彩陶を顔を合わせるときは確かに、明楽との「絶対正義防衛部特別作戦会議」の最中だったような気がする。という訳で、


「明楽は先にめぶく海岸で準備する事があるってことで、ぼくもこの後合流する予定になってる」


「準備って何の」


「そりゃ、悪しき宇宙人を召喚するための」


「はあぁあ~~~~~」彩陶は一々分かりやすく額に手をあててあきれた様子をした。「アイツはこの休みを通しても何も変わらんかったか。あんなヘンなことしてなきゃ、一瞬で学校でも人気者になるでしょうに」


 彩陶があの学校での爪弾き者を指してそう言うのも無理はない。明楽は幼馴染の贔屓目に見ても万事ハイスペックだ。五十メートルを五秒七で走り、全国模試では偏差値九十、男のぼくが見ても納得のモデル雑誌の表紙にいそうな面の良さ、日本人離れした白い肌、身長も多分百八十は超えている。しかしそんな明楽も「まずは見た目から悪の帝国に張り合わねばならんのだ」とオールバックの夥しい長髪と、真夏日でこのぼくでもTシャツ一枚で充分汗ばむ気候だというのに白いロングコートを常に装い、そして決め手はあの電波言動。高級フランス料理に泥水ぶっかけるよりも「勿体ない」という形容が明楽にはお似合いなのである。


 そんな明楽が今日は不在であることがやけに気になるらしい彩陶に対してぼくは、


「そういや明楽から彩陶さんに伝言があったんだ」


「えっ!?」


 オーバーに後ずさる素振りをする彩陶。

 思いのほか食いつきが良いことに気圧されながらも、ぼくは奴特有の高圧的な弁を真似ながら、


「『彩陶君、いつまでそんな所で燻っているのだ! 今すぐ我々「絶対正義防衛部」に入会し、この私とともに青春なる悪の帝国を崩壊へ導こうではないかっ!!!!』」


「バカかっ!!」


 なぜかぼくの脳天がひっぱたかれる。令和の時代に暴力系ってのはないぜ。


「アンタらとつるんでたらあたしまで除け者にされるっての! それよりもさっさと明楽にあんな事やめるよう言ってってずっとお願いしているよね槐島には。高校三年にもなって言動がおかしいよって、アイツの目を覚まさせられるのはアンタしかいないでしょ」


「ぼくを何だと思ってるんだ」


「明楽のお付き人」


「ぼくが大人じゃなかったらそのアイデンティファイは心にくるね」


『甜花ちゃーん、お店閉めるから手伝ってー!』


「……あっごめん、おじさんだ。このまま食べてても良いけどお会計だけ先お願い」


 あいあい、と言いながらポケットから英世を一枚取り出そうとしたところ、


 ぼう、

 と潮風ではない何かしらの風が一帯に吹いた。


「槐島君!!!!!大変だッッッッ!!!!!!!」


 長い後ろ髪とコートの裾をたなびかせて現れたその男に対して、


「明楽……なんでここに?」とぼくはシンプルに困惑して返し、


「明楽!!なんでここに!?!?」と彩陶はシンプルに混乱した様子で返す。


「おうそこにおわすは彩陶君か。折角だから一緒に傾聴するが良い──槐島君、私は当初の計画通り、日の入り時に現れるであろう第三惑星宇宙人の『ゲート』を招来するため、先ほどまでめぶく海岸で儀式を行っていたのだが……なんと既に!」


 すでに?


「『ゲート』は開いていたのだ!! というのも、あの特徴的な紫色のフラッシュは、ここトコゲゲ島のどこかで『ゲート』が開いた確たる証拠なのである!! 予定変更だ槐島君、今すぐ海岸に向かって調査するぞ!」


 ここでひとつ補足が必要であろう。

 明楽式世界観第一条によると、青春とは悪の帝国であり、ここトコゲゲ島の平和をつねに脅かそうとしている。続いて第二条、悪の帝国はこの世界の「隣」に位置する第一から第五十七までの宇宙を本拠におく宇宙人によって動かされており、この世界とは『ゲート』によってつながっている。少し飛ばして第十八条によれば、『ゲート』は日の入り時に海岸に現れ、トコゲゲ島のどこかへ移転するのだ。これは公式の記述であってぼくの個人的な見解を意図するものではない点ご承知おきいただきたい。


 なんて内容にかけらも興味がないであろう彩陶は、突然の明楽の来訪に狼狽えを隠し切れないながらも、「あ、あのごめ、ついさっき店しめたばっかりで、」


『おー明楽君きたのか。良かったじゃないか甜花ちゃん。ハンバーガーならまだ出せるよ』


「うっさい引っ込んでて!!!」


 と目まいがするくらい分かりやすすぎる彩陶をよそに、ぼくは明楽に袖を引っ張られて店をとっくに出て、彼の乗ってきた原付の後部に腰かけていた。向こうに海の水平線がみえる、住宅街を抜ける長い一本道。風を切って運転する明楽の後ろ髪がぼくに被さってクソ邪魔だなと思いつつ、彩陶との会話を思い返す──ぼくは明楽のお付き人、まあそう言われても否定のしようがない。

 しかしぼくだって望んでこのポジションにいる訳ではないのだ。なんとなく昔から明楽の隣にいただけで、腫れ物の明楽の押しつけ先として認知されて、挙句きわめて平々凡々たるぼくまで腫れ物みたいに扱われている現状をどうしたって変えたいのである。だからこの位置に彩陶についてもらいたい、彼女だってあの様子だったら吝かではないだろう。そりゃあ、言わずともねえ──と思ってさっきは有りもしない伝言をでっちあげてみたりしたのだが。


 まあ今更どうにもならんよな、と息をつきつつ。段々と視界に大きくなっていく海の蒼色はじりじりと陽炎にうかされていて。トコゲゲ島は今日も暑い夏だった。さて、罪で勿体ない男・明楽の言う『ゲート』は本当にあるんだろうかね。


 海鮮ハンバーガーの会計を忘れていたと思いだすのは大分後のことになる。


(続)

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