第一話『右十字のアリサ』 その②呼び出し
「ひっさしぶりだよなぁオイ!甲本アリサ。そのムカつく前髪忘れもしねえ」
「あのどちらs」
「「ぶっ殺すぞこらああ!!!」」×5
五人にもなると迫力が凄い。
校門に着くなりオレは住宅街外れの小さな公園に連行され、 その隅にある防災倉庫のコンテナを背に逃げ場も無く囲まれていた。
昼間ってのもあってここは人通りも少なく、中々に絶体絶命的状況と言えるだろう。
リーダー格の金髪赤スカジャンが、元より距離が無いのに更に一歩前に出てきやがった。
やだ顔が近い、、というかそんなに目をマジマジ見んでくれ、、、
「まーもう三年以上は会ってねーもんなぁ。後藤。 ごとう
「……あ、あー後藤さんね。元気しt」
「ぜってー覚えてねえな! おめぇなあ!!」
「ぶぎゃあ!」
よっぽど気合が入っているのか!
ゴッと音がするような頭突きをかましてきた!?
あまりの痛みに後藤も顔をしかめる。そらそうだろ!
アホなギャル。アホギャルめ。
「あーあー姉さんキレてっぞ」
「終わりだねこのチビ」
「エリ姉ファイト~(笑)」
慕っているのか舎弟なのか、後ろの男女が二人ずつ、にやけた面でオレの顔を覗き込んできた。全員揃ってカラフルな服着やがって。でも赤スカジャンが一番酷いのは確かだな。
「あれは中一の冬。転校してきたアタイがあらかた同期をシメた頃だった。同期だけじゃねえ、上の奴らだってビビッてアタイには牙を向けられねえでいたんだ」
「もしかして同じマキ
「今アタイが話してんだろうが!!」
「ぐがっ!」
また頭突きがくると思いきや、まだ残るデコの痛みに躊躇ったのかオレの両肩を掴みっ、背中をコンテナに押し付けてくる!
体格差もあり、力で押し返すことはできそうもない。
「
唾が飛ぶほど顔を真っ赤にして叫ばれた。なかなか
「……なるほどな。なんとなく思い出したよ」
「あんだと?」
「その時期オレも荒れてたし、金も必要だったからさ。復讐屋みたいなことしてたんだ。んで、誰かの依頼、確か上級生だったか? 粋がってた同期の転校生を
オレがそう言うと、明らかに後藤の目付きが変わった。
「へぇ。思い出してくれやがるとは光栄じゃんかよ」
「で、お前のことは分かったけれど。その後ろの彼女らは?」
「アタイと同じ溢れ者さ。全員がおめえみたいな自己中のせいで学校行けなくなったんだ。だからこうしておめえらもアタイらと同じ苦しみを味あわせてやんのさ!」
目を数瞬の間だけ後藤から切り替える。すると奴らは視線に気付いたのか無理に笑った。
言われて見ればそうだね、どいつもこいつも
ん? 尻尾を振るのは犬か。ならボス猿って表現だと犬猿の仲ってやつで後藤が孤立しかねないな。ならここは猿か犬に統一すべきで……まぁもう正直どうでもいいけど。
「自己中なのはお互い様だろってのは置いておいて、なんだ? オレが謝ればいいのか? それともお前らと同様に明日から学校行かなくなりゃそれで満足か??」
なめてんのかコラぁ! と後ろのデブ男が叫び、動けないオレの脛を蹴った。
攻撃までお可愛い連中だなこりゃ……そら脛はかなり痛いけども!!
「フン。今じゃ喧嘩のケの字もねぇ腰抜けだってな甲本。せいぜい口だけで吠えてなよ」
吠える? やはり猿よりは犬派なのか。
「そうとなったらおめえがアタイに詫び入れんのは当たり前じゃん? でさぁ、明日から毎週アタイらに遊ぶ金を運びに来るのも当たり前じゃん??」
「それも当たり前なんだ」
当たり前だぁ! と後ろの暗めな女が叫び、動けないオレの腹を蹴り上げたぁ!??
……くそっ! 女なのでまるで容赦が無い。思わず昼の弁当が喉まで込み上げてくる、、
肩を支えられてなきゃ倒れちまっていただろう。もう限界近いオレを更に追い詰めるように、後藤は一度引いてから華奢なオレの身体を力任せにコンテナへと押し付けた。
「んでもってだ甲本。そのムカつく前髪を切り揃えて、スマホガンも没収すっからな」
「……スマホガン?」
「まだ持ってんだろ? そんな前髪のままでとぼけても無駄なんだよ」
後藤はオレの前髪を見ながら、どこか嬉しそうに口を開く。
「
「……ぷっ!」
「てめえで笑ってんじゃ――ッ!!?」
あまりのダサさに吹き出してしまったけれど、それでも後藤を黙らせるのには充分で。
「いやいや中学の頃の
「て、てめえ……」
オレは肩から先の右手を、ピンと後藤の胸に突き出していた。
それは僅か1秒にも満たない動作。
右腕の制服袖、その下に敷いてある鉄レールをスマホガンが滑り、右手の中に到着。
中指にはスマホリングが掛かり、スマホガンの上側、銃口が後藤の胸に向けられている。
「仕込み銃ってやつだよ。映画で観たことない? ほらなんか超古いタクシーのやつとか」
「もう喧嘩はしてねえって聞いてたんだけど?」
「オレもバイトを始めたからな。前みたいな金の稼ぎ方しなくてよくなっただけだよ」
後藤も考えての結果なのだろう。スマホガンを使う相手は近付いて押さえれば怖くない。
実際にそれは正しい。ただしオレという例外を除いての話だが、なんてな。
「おいどうすんだよ姉さん!」
「エリ姉! まだやれるよね!?」
「関係ねえ全員で――」
「動くな!!」
後ろの四人組が騒ぎ出す前に一括しておく。やや声を作ってまで緊張感を高めてやる。
その通りだ、数でこられたら負けるのが現状ですとも。
オレはそんな想いを悟られぬように後藤を睨み、また後藤もオレを強く睨んだ。
………ふぅ。先に折れたのは後藤。後藤はパッとオレの両肩から手を放す。
「いいよ。おめえの腐れ度胸に免じてボコボコにすんのは勘弁してやる」
「助かるぜ。もうお互い十六過ぎだしな。世間じゃ撫子だの何だのって言われても―」
オレの言葉を遮るように、後藤はオレの手元を指差した。
「ただそれは貰うから。驚いたよ甲本、おめえがまだそんな得物使ってたとはなぁ」
ギクり。なかなか痛いところを突かれたぜい。
「
三十万という値段に後ろの四人も揺れた。なんか状況が悪化してる気がしてならない。
「……随分詳しいのな」
「おめえに撃たれた時とは訳が違げぇのよ。それにアタイも始めたんだよね、スマホガン」
後藤はゆっくりと手をわざとらしく上げ、スカジャンの右ポケットから白いスマホガンを取り出した。まさかオレの影響で始めたのだろうか。なーんか複雑な気分。
「っておいおい、それも十分お高いやつだろうに」
「ご存知
テンション高けえなこのギャル。確か二十万以上するやつ、そらテンションも上がるか。
「しょーじきこれを持ち始めてからアタイ、誰とやっても負けたことないんだよねえ!」
「なら最初から出せば良かったのに」
「おめえがまだこっち側とは知らなかったからさぁ。知ってたら速攻で撃ち抜いてたし!」
こっち側という単語に腹から空気が送り込まれたが、なんとか吹き出さすに留められた。
あーでもそう。そうですか。……そうなら、一つ賭けに出ることにしよう。
「後藤よ、なんなら今からでも試してみるかい?」
「あん? 試すって、それってどういう意味だコラ」
「そんなに自信があるなら試してみるかって。今から仕切り直して女らしくタイマンしようぜ。それで勝ったほうの命令を聞けばいい。オレが負ければこいつをやる。逆にそっちが負ければ今までのことを水に流す。それだけだ。どの道このままは終われんでしょうよ」
「甲本。まさかおめえそのアンティークでアタイに勝てるって言ってんのか?」
「さーね。でもやらないよりはマシかなって」
オレの挑発を聞いて後藤は、後ろの子分達をぐるっと見回してから爽やかな顔で言った。
「いいよ。やろっかタイマン」
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