第30話 溺水事件
ビアンカ公女が指定した日、ルドヴィカは言われるまま一人で池の方へと向かった。
ジャンルイジ大公があの状態になってから、この池を訪れる者がいなくなり放置されていた。
掃除が十分されておらず、水草がたくさん生えていて見栄えが悪い。
別に船遊びをするために来たわけではない。
ここでビアンカ公女とジャンルイジ大公のことで話をするのである。
まともに会話をしたのはいつだっただろうか。
厨房でスムージーのできばえを確認したとことのことだった。
ジャンルイジ大公の散歩計画中断の日から彼女のことが気になっていたが、どう声をかけていいかわからないまま今日までに至る。
いろいろ言われるのは覚悟の上であった。
約束の時間になったがビアンカ公女が来る気配はない。
確かアンが指定した時間は今であるはず。
ルドヴィカは懐中時計を確認した。
もう少し待ってみようとルドヴィカは池の方を眺めた。
やはり池の状態はひどい有様だ。
水底どころか表面すらみえない。
ぷかぷかと浮かんでいるものがありルドヴィカは首をかしげた。
掃除されていないからゴミがたまっているようである。
そのうち掃除の手配もしなければなと考えていると、浮かんでいるものは小さな靴であった。
女の子用の、見る限り新品同然の綺麗な靴である。
使用人のものとは思いにくい。
まさか。
ルドヴィカは池の下を見つめた。
草や汚れで下の方がみえないが、嫌な予感がした。
ポケットからルドヴィカは道具を取り出した。
ルフィーノがくれた魔法道具で、助けを求めるものである。
ほんのわずか魔力を込めると、道具から光がでてそれが宙へ浮かんでいく。
かなり上空へとんだと思えばピカっと光が広がった。
これで信号を受け取り、騎士が助けにきてくれる。魔法道具を知っているオルランド卿が。
彼が来るのをただ待つわけにはいかない。
ルドヴィカは靴を脱ぎ、ドレスを脱ぎ散らかした。
今日着ていたドレスが簡単に着脱できるもので助かった。
ビアンカ公女との会話が終わったらジャンルイジ大公のリハビリの手伝いに行く予定だった。
ルドヴィカは下着だけの状態になり、池の中へと身を投げた。
水草が邪魔であるが、必死にかきわけて奥へと身を沈ませる。
濁った水の中で、大きな陰がちらちらとみえた。
それに手を伸ばし近づいてみると金色の髪がゆらゆらと揺れている。
大きさから8歳の少女、濁った水の中でも立派なドレスを身につけていた。
やはりビアンカ公女だ。
池の中へ落ちてしまったのだ。
いつ落ちてしまったのだろうか。非常に静かなものだった。
子供は溺れると静かで、硬直してしまうと聞く。
靴が浮かんでいなければルドヴィカは気づくことなかったかもしれない。
ぞっとした。
◆◆◆
ルドヴィカが池に飛び込む前に送った信号で、オルランド卿が池まで近づいてきた。
ルフィーノが作った、騎士に助けを求める魔法道具だと思い出して。
池の畔にはルドヴィカのドレスが脱ぎ散らかされていた。
もしかして池へ飛び込んだのかとオルランド卿は池の中をみる。
「こっちです!」
オルランド卿が到着してまもなくメイドが使用人たちを引き連れてやってきた。
先ほどの信号で集まってきたのだろうか。それにしても少し様子が異なる。
「私、見ました!」
メイドは恐ろしいと震えた。
「大公妃様が公女様を池へ突き飛ばしたのを」
まさかと使用人たちは疑わしい表情を浮かべた。
大きな水音がして、オルランド卿が視線を向けると水面からルドヴィカが顔を出した。
「大公妃!」
オルランド卿は無意識に彼女へ手を伸ばした。周りに助けを求めながら、大公妃と彼女が抱きしめるビアンカ公女を引き上げる。
「けほけほ」
ルドヴィカは何度か咳き込み、ぶるりと震えた。
暑い季節になるといっても、水の底は冷たく今の彼女は下着姿であった。
オルランド卿はマントを脱ぎルドヴィカを包み込んだ。
ビアンカ公女の方は長く水の中に浸かっていた為、危ない状態であった。
ルフィーノがやってきて、ルドヴィカは迷わず彼にビアンカ公女を預けた。
後からやってきた治癒魔法使いに協力を促し、ルフィーノは治癒を施す。
同時に自分の得意魔法を使い、ビアンカ公女の口の奥から水を吸い出した。
危ない状態であるのは変わりなく、ルフィーノはビアンカ公女を連れて医務室へと走った。
ようやくオルランド卿はルドヴィカの方へと声をかけた。
「大公妃! 何という無茶をされるのだ」
オルランド卿は怒り、ルドヴィカは萎縮してしまった。
「何故、私を待たなかった」
「ごめんなさい。公女を早く助けないとと思って……」
ルドヴィカはふと周りから受ける視線に気づいた。
険しいもので、はじめて大公城へやってきたときを思い出した。
一人の騎士が重い口でルドヴィカに言う。
「大公妃様、あなたを捕縛します。ビアンカ公女暗殺の容疑で」
うちの大公妃は肥満専攻です! ariya jun @ariyajun
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