第5話 転校

 七月に入り第一週、最初の月曜日だった。

俺は自分のクラスに着くなり、汗ばんだ手で背中のランドセルを急いで下した。

 机の上でランドセルを開けると、教科書と一緒に入っていた下敷きを取り出した。服の襟元を開けると手に持った下敷きで風を起こす。

「あれ?」

 教室の前方左隅には先生の机があり、ふと視線を向けると、そこに座っている人物に気付いた。

「珍しい」

 普段はチャイムが鳴ると同時に教室に入ってくる事が多いのだが、何故だか今日に限っては席について生徒たちに目を向けていた。


           *


「授業を始める前に少しだけ話がある」

 先生が何やら真剣な表情で生徒達を確認した。俺を含めて、何の話か想像ができない為、皆きょとんとした表情を浮かべていた。

「小夜中、いいか?」

 俺の前に座っていた小夜中の体が、座ったままの状態で小さく跳ねた。

「……」

 先生も含めた、皆の視線が小夜中に向けられる。俺はじっと小夜中を見ていると徐々に首筋が赤くなり始めていることに気付く。体も少し震えていた。

「小夜中、大丈夫か?」

 彼女の姿を見て、心配になり思わず声を掛ける。

「……ありがとう」

 そう言うと、小夜中は数回深呼吸をした——少し落ち着きを取り戻したようだ。

「大丈夫」

 背中越しに述べると、ゆっくりと立ち上がった。

 小夜中は黒板の前まで行くと、皆の方に向き直った。精悍な表情を浮かべている彼女をみて安心した。

「……」

 小夜中は皆の表情を確認している——するとまた表情が赤くなりはじめ、足がガクガク震え出した。そして俺を見つけると潤んだ眼をこちらに向けてきた。

 小夜中の性格から想定できた状況なので、俺は声を出さず、身振り手振りで「気にするな」という気持ちを伝えた。

 小夜中は俺の姿を見て、少し笑ったように見えた。


          *


「わわ私、この1学期までで……転校することになりました。そその……今までありがとうございました」

教壇に立った彼女が、視線を泳がせつつも、たどたどしくクラスの皆にそう伝えた。

「え……?」

 ただ、クラスの皆は小夜中の突然な告白に言葉を失っていた——俺も含めて。

 誰かが声を上げないと、クラスがこのまま静寂に包まれ続けるのではないかと思った。

「……突然の話で驚くのも無理はないと思う。ご両親の都合上、仕方のないことだ。みんな理解してくれ」

 クラスの状況を見かねた先生が、小夜中の事情を皆に簡単に伝えてくれた。

 それがきっかけとなり「なんで?」「さみしいー」等、クラスメートから口々に小夜中に対して声が上がる——俺は小夜中が転校してきた四月の日を思い出していた。

 転校してきたばかりの彼女に対して、クラスの皆は甲高く強い関心を持って、彼女に声を掛けていたことを思い出す。

 対して今俺の耳に入ってくる声には、その色はあまり見られない。心の中に自分でも分からない、もやもやした気持ちが大きくなる。

 教壇の横に立ち、うつむく小夜中の目が少し寂しそうに教室の床を見ているように思えた。

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