Chapter2-4 ティアの特製汁
グリーンウルフに弄ばれること数十分。
スタミナの尽きてしまった俺は、ティアの手で西の森を流れる川まで運ばれていた。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
「もう、情けないわね……ほら、これを飲みなさい」
大の字で地面に横たわり、ピクリとも動けない状態の俺に、ティアが木彫りのコップを差し出してきた。
「うげぇ、なんだこの強烈な匂いは……」
「この森に自生していた薬草をアタシが独自にブレンドした特製ポーションよ。カイトのためにわざわざ作ってあげたんだから、感謝しなさい?」
ティアは俺の隣にしゃがみながら、ドヤ顔でコップを押し付けてくる。
おそるおそるコップの中を覗き見ると、そこには得体の知れない緑色の汁が入っていた。
しかも何だか青臭い。夏場とかに生ゴミを捨てる三角コーナーから偶に香ってくる、生理的に受け付けられない匂いである。あまりの悪臭に俺は思わず顔を背けてしまった。
「あの、ティアさん? 飲めって言われても、コレはちょっと……」
「いいから、早く。それともこのまま死にたいの?」
「ごふっ、うげぇぇええ」
と躊躇っていると、ティアが無理やり口の中に流し込んできた。
もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないかと思うんですけど!? しかし、そんな抗議の声を上げる余裕もない。
無理矢理喉に詰め込まれたソレは、強烈な苦味と臭みを伴って食道を通り抜けていったからだ。
その衝撃は凄まじく、思わず吐き出しそうになる。……が、ここで吐いたら負けだ。
そう思った俺は必死になって耐えた。
すると、そんな俺の様子を見てティアが満足気に笑みを浮かべた。
「それで良いの。ちゃんと飲めて偉いわ、さすがはアタシの弟子よ」
「ぐぬぬ……」
「ふふふっ。味はモンスターも口を付けないほど最悪だけど、効果は確かだから安心してちょうだい」
空になったコップを見て、ティアは俺の頭を撫でている。
どうやらティアは俺をペットかなにかと勘違いしているようだ。
でも、確かに今の俺は彼女に教えを乞うている身だし、ペット扱いされるのも仕方ないか。
「(それにティアはあの数のグリーンウルフを追い返すほどの実力者だしな……悔しいが、今の俺じゃ犬っころ以下だ)」
俺がまるで手足が出せなかった集団のウルフたちを、ティアは素手だけでいとも簡単に追い払ってしまった。自分に出来ないことを俺にやらせるならまだしも、実践して見せられたら文句も言えない。
それにしても酷い言い草だが、反論したらまた何かされそうだから黙っておくことにする。
「カイトはスキルやジョブを過信しすぎなのよ。戦い方や技術的な部分を自分自身で磨かないと、神の力に踊らされるだけの木偶の坊になるわよ?」
「そうかもしれないけどさ。せめてあのモンスターたちを倒して、多少レベルアップしてからにしてくれよ……」
「はぁ。まだそんなことを言っているの? 本当に見る目がないわねぇ……」
ティアは呆れたように溜め息を吐くと、よいしょと言って立ち上がった。
「そもそもカイトは、どうしてあのウルフたちが襲ってきたか分かる?」
「襲ってきた……理由?」
ティアのお手製ポーションのおかげか、少しずつ身体が楽になってきた。だがいくらか回るようになった頭で考えてみたところで、彼女の聞いてきた意味は分からない。
そんなの、ゲームのシステムだからじゃないのか?
プレイヤーはモンスターを倒すことで経験値を得るし、そのおかげで自分を強くするんだから。
「えーと、魔王がモンスターを狂暴化させている……とか?」
とはいえ、ゲーム内のキャラクターであるティアに「この世界はゲームだから、そうなるように決まってるんだぜ!」なんてことは言えない。だから無難な答えを言ってみたのだが……。
「…………」
「あの、ティアさん? 急に無言になられると怖いんですが」
あれ? もしかして、なんか間違ってたか? それとも正解だったのに無視されたパターン!? だとすると、マジで怖いんだけど! 冷や汗を流しながら、恐る恐る彼女の顔を窺うと。
そこには怒りを通り越して、もはや哀れみに近い表情を浮かべるティアの姿があった。
やばい、これは完全にやらかしちゃったっぽいぞ?
「……はぁ。もういいわ。アタシは森の様子を見てくるから、カイトはここで休憩してて」
「お、おいティア!? 俺を置いてく気かよ!!」
俺の言葉を無視して、大剣を背にスタコラサッサと歩いていくティア。
起き上がって慌てて追いかけようとするも、彼女の足は速く、あっという間に見えなくなってしまった。
「はあ。俺、なんか怒らせるようなこと言ったかな……」
『俺に足りないモノ』のお題といい、ティアの態度は一体なんなんだよ。また見当違いなことを言っちまったのか?
俺はブツブツと独り言のように愚痴を呟きながら、先ほどまで座っていた場所に腰を下ろした。
そして、そのままゴロンと横になって目を瞑る。
「ふぅー……」
こうして一人になると、やっぱり寂しい気持ちが湧いて出てくる。
ティアと一緒にいた時間はまだ僅かなのに、急に孤独を感じ始めてしまったのだ。
(今から追いかけるか? いや、こんな広い森の中じゃそれも無理か……ん?)
――きゃあああっ!!
それからどれくらい時間が経っただろう。突然、森の中から女性の悲鳴が聞こえてきた。
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