Chapter2-2 小細工上手な勇者候補
「カイトが護ったおばちゃん。あの人、今でもちゃんと生きているわよ」
丘に立つ大きな木の下で、ティアはあっけらかんとした顔で言った。
「……は? あの食堂のおばちゃんが!?」
こんな言い方もアレだが、てっきりアヒトの村は魔王の軍勢の手によって全滅したものだと思っていた。いくらあの場にティアが助けに入ったとしても、敵の大群に対して一人。事態が好転したとはとても考えにくい。
俺は驚きのあまり、あんぐりと口を開けて固まってしまう。しかも彼女の言葉はなんというか、あまりにあっさりとしていて、俺はそう簡単には信じることができなかった。
「魔王に負けて精霊になったとは言っても、これでもアタシは人類最強と謳われた元勇者よ? 多少の本気を出せば全員をブチのめすことは叶わなくとも、生き残りの数人を逃がすぐらいなんてことはないわ」
薄い胸を力いっぱい反らしながら、ティアは自信満々に言いきった。
実際にはティアが戦うシーンを見れたわけではなので、俺にはいまいちピンとこない話だったが、とりあえずここは素直に褒めておくことにした。……にしても、さすがは勇者様だな。
まさかあの絶望的な状況をひっくり返してしまうとは。
尊敬のまなざしを向けると、ティアは少しバツが悪そうに頬を指先で掻いた。
「……でも本当はアタシじゃなくて、カイトのおかげなんだけどね」
「俺のお陰? ……別に何もしていないぞ?」
何のことだかさっぱりわからない。もしかして、俺は無意識のうちに何かやっていたのだろうか。
首を傾げてみせると、彼女はクスッと小さく笑みを浮かべながら、そっとこちらに手を伸ばしてきた。
そしてゆっくりと、まるで壊れ物を扱うかのように優しく俺の頭を撫で始める。
それはあまりにも慣れていない手つきで、正直くすぐったくて仕方がなかった。
だが不思議と嫌ではない。むしろ心地良いとさえ感じていた。
「アタシを見くびらないで。聖剣越しにだったけれど、カイトが頑張って時間を稼ごうとしていたのは分かっているんだから」
「あー……もしかしてスキルで悪足掻きをしたことか?」
ティアはあの時、俺が咄嗟にスキルで小石を飛ばしたのを見ていたらしい。
魔王の配下はきっと、自分を狙った攻撃に見えただろう。
だが俺の本当の狙いは、アイツじゃなかった。
実際はその後ろで定食屋のおばちゃんを殺そうとしていた、猪頭の魔族に向けたものだったのだ。
「俺ができたのは、顔面に小石を喰らった猪頭を怯ませたぐらいだし」
「謙遜しなくていいわよ。キミはまだまだ弱っちいけれど、その使い方や発想は見事だったわ」
「だけど……」
それしかできなかった俺は口惜しさで唇を強く噛む。
結局、あの後はティアが一人で何とかしてしまった。それがまた情けなく感じるのだ。もっと自分が強ければ、苦戦することもなかったはずだから。
するとティアは呆れ顔でため息をつく。そして、ポンと俺の肩に手をのせた。
「そうね。それにカイトは魔族について何も知らなそうだもの。いえ、異邦人であるカイトはこの世界そのものに対して無知すぎるわ」
ゲーム内でプレイヤーは『異邦人』という扱いになっている。神が異世界から客人として召喚したという設定で。だからティアは俺がこの世界について、何も知らないと思っている。いや、実際に知らないんだけどさ。
ティアはしばらく腕を組んで悩んだあと、「カイトにはこれから、色々と教えないといけないようね。うん、これは決まり!」と呟きながら勝手に納得していた。
そうして話はティアに突き放されたシーンまで戻る。
「うーん、つまりこの世界についての知識が俺に足りないモノってことなのか? いや、だったら尚更街に行った方がいいだろうし……」
アヒト村の住人はあの後、南にあるフタバの街へ移住したらしい。だからこの辺りには平原と森ぐらいしか残っていない。世界の情報を集めるにしても、人が居なきゃ話にならないじゃないか……。
「あ、分かったぞ。まずは森でモンスターの倒し方を直接教えてくれるってことか。また突然魔族が襲ってきたときに生き延びる力が無きゃ、またゲームオーバーだろうしな!」
フタバの街に勇者候補と元勇者が来たら、魔族に目を付けられるかもしれない。それを防ぐためにも、ティアは俺に力をつけさせたいんだと思う。
「よーし、それなら望むところだぜ!! “一掴みの栄光”の使い方も磨いておきたいし、モンスターを倒してレベルを上げてやろうじゃねぇか」
おぉ、ようやくゲームらしくなってきたぞ?
スキルで試してみたいこともあったし、モンスター狩りで経験値を稼いで強くなるとしよう!
与えられた課題を早くも
だがこの時の俺は、またしても大きな勘違いをしていた。
序盤のモンスターは簡単に狩れるモノ。
レベルアップのための踏み台でしかないと。
――そう。
これだけの散々な洗礼を受けておきながら、俺はまだこのAWOをただのゲームだと思い込んでいたのである。
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