第94話 魔族

 こういうとき、やはりユリウスは優秀だと実感させられる。

 偵察スカウトを教えて二日で、なんと彼は例の麻薬クスリの保管場所を見つけてしまったらしい。

 場所は、湖上に浮かぶ一隻の船の中。新築された聖堂の近くにあるようだ。


 ユリウスがあまりに早くクスリの場所を見つけてしまったので、私だけではなく皆ももちろん驚いた。アルコも信じられないようで、顔をひきつらせていたくらいだ。


 さて、クスリの在処ありかが分かれば、あとはロクサーナ皇女とのつながりを明らかにするだけだ。

 すでに、船籍が帝国の皇室であることも調査済み。あとは現物を押さえれば、ロクサーナ皇女や教皇たちを糾弾するための強力な材料になるだろう。

 私たちは、いつものように郊外の高級宿ホテルに集まり、その計画を話し合っていた。


「本来ならば、逮捕状をとって法的に麻薬を押さえるべきですが、この国のトップがこの件に加担している以上、それは不可能です」

 ユリウスが状況を説明する。

 裏を返せば、非合法なやり方で麻薬を押収するしかなく、必然的に隠密行動が必要になった。私たちはくだんの船へ忍び込むメンバーを選抜する。


「リベア。メンバーの選抜に当たって、何か意見は?」

「帝国側の戦力で注意するべきなのは濡羽と、そしてアルヴィンという魔族です」

 私は魔族について説明した。

 彼らは一見、普通の人間のように見えるが、保有魔力量は人よりもずっと多く、魔力耐性や物理耐性も高い。

 これは経験から言えることだが、魔族の強さはその魔力量に比例していると思われた。そして、アルヴィンという魔族は規格外の魔力を持っている。おそらく、並大抵の魔術や物理攻撃では歯が立たないだろう。


「街中で使える魔術で、魔族に対して有効なもの……種類は少ないですが、私もいくつか覚えがあります。また、この中では魔族との戦闘経験が豊富なので」

 私自身が選抜メンバーに入ることの是非を確認したところ、皆異存はないようだった。

「それからデューク様も一緒に来ていただけるでしょうか?」

「それは問題ないが……俺で良いのか?」

 びっくりしたようにデュークは目を見開く。

「先日の濡羽との戦闘を見て思ったのですが、デューク様は異能をお持ちではありませんか?」

「異能?俺がか?」

 どうやらデュークには自覚がなかったようだ。しかし、傍に控えていたヴァネッサは「なるほどね」と呟き、肩をすくめた。どうやら彼女には心当たりがあるらしい。


 私はデュークに対して説明する。

「万物を斬ることができる『巌斬』という異能を耳にしたことは?デューク様は以前に、重たい鉄の扉を剣で一刀両断したとも伺っています。これまでにも普通の剣では斬れないものを斬ってこられたのでは?」

 私の質問に、デュークは思案気な顔をした。

「そう言えば……これまで色々なものを斬ってきた。人の背丈の何倍もあるような大岩から、鋼の甲羅をもつ大亀の魔物――形あるものなら大概たいがい斬れたなぁ」

「……そんなことまでできるのに、異能をお持ちだとは思わなかったんですか?」

 私が呆れてそう言うと、デュークを照れたように頬をかいた。

「自分の剣技が向上したと思っていたよ。なにせ、剣聖と呼ばれた高祖父も、それくらいのことは朝飯前だったと聞いていたし」

 ああ、と私は手のひらを打つ。

「あなたの高祖父、つまり私の兄も異能持ちでした。それが『巌斬』です」

「つまり俺は、ギルベルト様と同じ力を持っているのか!!」

 ぱぁっとデュークの表情が明るくなる。よほど嬉しいのか、三十前のおじさんが目をキラキラとさせていた――まぁ、それはともかく。


 デュークが『巌斬』の異能を持っているのは、ほぼ確実だろう。そしてそれなら、魔族への対抗策も増えてくる。

「兄のギルベルトは魔族も斬ることができました。同じ異能をお持ちのデューク様なら可能性はあるかと」

 ということで、デュークが共に船に忍び込むことになった。他には、濡羽のことをよく知っているという理由でゼークトも選ばれる。

 あとは、周囲の状況を探知するのに優れた者がいれば、言うことないのが……、

 

「私が同行する」

「いいや、俺が行く!」


 ユリウスとアルコ、どちらがついてくるかで彼らはもめていた。

 何となく察してはいたが、この二人の相性は良くないようだ。互いににらみ合っていて、一歩も譲らない。

 彼らの感覚器は普通の人間よりもずっと高性能だから、確かに探索役としては適任だ。しかし、ここで一つ疑問が浮かぶ。

「そもそも、一国の王子や王女が最前線に立つというのはどうなんでしょう?」

 今さらの――でも、当然と思われる問い。しかし、ユリウスの兄のジェラルド王子を見ても、アルコの双子の妹イリスや家庭教師役のレナを見ても、首を横に振るばかりである。


 結局、私の疑問は黙殺されてしまい、どうやって話をつけたのかは知らないが、ユリウスが一緒についてくることになった。



 ロクサーナから小言をくらい、アルヴィンは苛立ちを隠せなかった。

 確かに先日、西区の一件は自分の失態だ。皇女に迷惑をかけたことも承知している。

 しかし、それとは別に、どうして魔族の自分が人間の小娘に説教されなければならないのか――そう思うと苦虫を噛み潰したような気分になった。

 そもそも西区についても、不可抗力だという思いもある。

 ゼークトだけなら、対処できていたはずだ。それなのに奴の仲間には、魔族への対抗策を持っている者がいた。それが計算外だったのだ。


 まさか、この平和ボケした時代にあんなヤツがいるなんて。しかも、それがまだ子供だというのだから、それを予測するなんて土台無理な話である。

 だから自分は悪くない――と、半ば無理やりアルヴィンは結論付けた。それから何とか気持ちを落ち着かせる。


――あと少し、あと少しなんだ。


 あと少しで、異界の門は復活する。それさえ終われば、あの小うるさい娘との協力関係などどうでもいい。

 異界の門により魔界と人間界がつながれば、魔界から配下の軍勢を呼び出すこともできるし、アルヴィン自身もを発揮することができる。

 そうすれば、あとは抵抗する人間どもを攻め滅ぼすだけだ。


 現在、魔界はのせいで刻一刻と滅びに向っている。しかし、『主』はそれに対して有効策を打ち出せておらず、魔界の住人たちはやきもきしている状態だ。再び、人間界への侵攻を望む声は日に日に大きくなっている。


――上手くすれば……。


 アルヴィンの口角がきゅっと上がった。

 もし、異界の門を復活させ、人間界への侵攻を可能にすれば、アルヴィンはその立役者として魔界内で大きな求心力を得ることになるだろう。

 弱腰の『主』は失脚し、アルヴィンが新たなとして君臨することも夢物語ではない。

 すでに叛逆のための下準備はできている。アルヴィンを支持する者を集め、密かに『主』を討つための計略も練ってあった。

 

 メティス教の降臨祭まであと三日――カウントダウンは始まった。

 やっと、アルヴィンの苦労が報われるときがくる。そうすれば、シオンを筆頭にする『主』の信望者たちがどう動こうと無意味。大衆の支持を得て、アルヴィンが魔界の新たな王になる。


――脆弱ぜいじゃくな王ではなく、私こそが魔界の頂点に相応しい。


 アルヴィンはそう信じて疑わなかった。



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