04 金色と緑色

「ふーん? まぁ、いいんじゃない?」


 ルチナ様は鏡の前で、何度も角度を変えながら入念に姿を確認する。

 本日のルチナ様。結いあげた金色の髪。瞳よりも深い色のドレス。どちらもわたしが真心を込めて結い、夜を徹して選び抜いたものだ。それをルチナ様が「いいんじゃない?」と、褒めてくださった!


「最初はどうなることかと思ったけど、なかなか良いシュミになってきたじゃない!」

「ありがとうございます。ルチナ様の教えあってのものです」

「ふふん、そうそう! その態度でいいのよ! 天使だかなんだか知らないけど、レイはわたしのシモベなの! わたしの言うとおりにすればよいのだわ!」


 鏡を見るのをやめ、鼻歌まじりにバルコニーに出るルチナ様。弾むような歩き方が可愛らしい。


「お兄様、いつ頃到着するの?」

「もうすぐ到着されるはずですよ」

「そう! 早く帰ってくればいいのに。あーあ、待ちきれない。これならもうちょっと寝ていられたんじゃない?」

「あはははは」


 ルチナ様は、手すりに肘をつき、庭園を眺めている。

 彼女が待っているのは五歳上の最愛の兄……ではなく、その友人である少年だ。

 彼らは、“国中のえらいひとの子供たち”が集まって学ぶ王立学校の生徒だ。今日は夏の長期休暇のため帰って来ることになっている。今年の冬の休暇で、兄に連れられやってきた黒髪の男に一目ぼれしたルチナ様は、彼が実家に帰ってしまってからというもの、何か月もこの日を楽しみに生きてきた。

 だから、今日はいつもよりも特別可愛く見せてあげたかった。

 『天使は人生を善いものへと導いてくれる、ラエティシア様からの使い』――その教えに則って、ルチナ様の服や髪型を決めるのはわたしの役目だ。

 だから不器用なりに頑張ってヘアアレンジに挑戦するし、服や色の知識もちょっとずつだけど付けている。その集大成が、今日という一日と言っても過言ではなかった。


「あ! 見て! 来たわ!」


 遠くから馬の蹄の音がする。豆粒のような大きさの馬車が、こちらに向かってくる。

 ぴょんぴょんと二回ほどその場で跳ねた後、ルチナ様は全速力で部屋から出て行った。


「お待ちください、ルチナ様!」


 スカートの裾を軽く持ち上げて、わたしも走り出す。

 この世界にやって来て八年。女の服には慣れたけど、走りにくいものは走りにくい。

 ジャージが恋しいなぁ。あ。ジャージ姿のルチナ様も、きっと可愛い。


◆ ◆ ◆


 頭の遥か遠くで、空は青く澄み渡る。今日は絶好の帰省日和だ、と言っていいかもしれない。

 広い屋敷を駆け抜けて、一足も二足も先に到着していたルチナ様は息を切らした様子もなく、きらきらの笑顔を咲かせていた。

 笑顔の送り先はもちろん――


「レオン様!」


 レオン=アルベルト。

 黒い髪に金の瞳を持つこの人は、わたしとルチナ様にとっては三つ年上にあたる。

 ルチナ様の初恋の相手で、この世の何より好きな人。

 そして、あー、えぇっと、『硝棺のシンデレラ』ではパッケージにも載っているような、つまり、攻略対象だった人。

 レオン様は、ルチナ様の笑顔に「ああ」と短く返事をするだけで、ふっと顔を逸らしてしまう。


「あ」


 と、間抜けな声が出たのはわたしの口。それが気に障ったのか、金色の瞳でじっと睨みつけられてしまう。

 ――ええっと、姉の話では、たしか……レオン様は……多分泣きシナリオだから、最後に攻略した方が良くって……ダメだ。

 ただでさえ記憶力なんてなかったのに、ここに来てもう八年が経つ。それぞれの攻略対象の持つエピソードなんかはすっかり頭から抜け落ちた。


 そうこうしているうちにレオン様はわたしからも目を逸らす。

 その先がルチナ様であればよかったというのに、そうではなくて。


「クルス」

「あぁ、ははは。ごめん、先に行かせて」


 頭をさすりながら馬車から降りてきたのは、ルチナ様の兄君、クルス様だった。

 薄い茶色のふわふわとした髪に、人の好さそうな顔立ち。緑色の瞳はルチナ様とよく似ている。

 十三という歳のわりには長身だ。冬に会ってから、さらにまた伸びた気がする。


「お兄様……どうなさったの? 頭…?」


 王立学校三年生で、成績優秀な模範生。

 『誰にでも分け隔てなく優しい』という現実離れした言葉が、この人にはぴったりと当てはまる。

 それはそれとして……兄を心配しておろおろするルチナ様は可愛い。


「天井に頭、ぶつけちゃって」

「まぁ、それは大変だわ! 誰か、お兄様をお部屋まで――」


 周りに控えている小間使いにそう下すルチナ様を止めたのは、他ならぬクルス様だった。


「いやいや。それは大袈裟だよルチナ」

「ああ。クルスが鈍間なのが悪い。自力で歩け」

「……こっちはこっちで辛辣だな」

「もう、本当に大丈夫なの?」

「心配してくれてありがとう。ルチナは優しいな」


 頭をなでられて、ルチナ様はようやく引っ込む気になったようだ。

 自分じゃ髪に触れることはできても、頭を撫でるなんて許されないから、その行為がちょっとだけ羨ましくなる。


「……それより、僕ら大事なことを言い忘れているね」

「え?」

「ただいま、ルチナ」

「…あっ! おかえりなさい、お兄様!」

 

 満面の笑み。これがまた、たまらなく可愛い。


「レイラも。ただいま」

「えっ」


 まさかこちらに来るとは思わず、妙な声を上げてしまう。

 わたしを見つめる緑色の瞳は、やっぱりルチナ様とよく似ている。

 それなのに――


「……おかえりなさいませ。クルス様」


 緑色から逃げるように、深々とお辞儀をする。

 ――僕は、この人の瞳が、どういうわけか苦手だった。

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