第三十六話 破綻と真の変態

 フィギュア店を出た後は、もうこれ以上ないほどにお通夜ムードだった。


「……」


「……」


 陸も澪も無言。

 特に澪に至っては、陸に視線を一度も向けてこない有様。


 完全に嫌われたのがわかる。


 あとはこのまま澪を駅まで連れて行って、そこで別れれば全てが終わる。

 もう澪から告白されることもないに違いない。


(というか、めちゃくちゃ避けられそうだな)


 などなど。

 陸がそんなことを考えていると。


「うち……ちょっとお花摘みに行ってくる。ここで待っててくれ……」


 と、決して陸の方を向かず、かつ元気のない様子で言ってくる澪。

 彼女は陸が何か言うよりも先に、ちょうど近くにあった大型ディスカウントストアの中に入って行ってしまう。


(やっぱり、もうすでに澪の中での俺は『あんまり話したくない対象』みたいだな)


 狙ったとおりだが、残念と思ってしまう心もある。

 もしいつか——陸の『心臓爆発の呪い』が解けたら、また澪と笑って話せる日が来るのだろうか。


(付き合うとか、そんなの望まないから……普通の友達くらいには戻りたいな……なんて)


 自分から嫌われておいて、きっとそれは贅沢すぎる願いに違いない。

 さてさて。


(なんにせよ、俺の方は上手く行ったわけだけど)


 果たして真冬の方はどうなっているのか。

 現在の時刻は昼過ぎ——陸と真冬が先日話したデートプランによると。


(時間的に真冬と奈々は昆虫館のデートを終えて、昆虫食レストランで昼食をとってる頃かな)


 もっとも、昆虫館のデートですでに『真冬が奈々に嫌われていれば』、後者のレストランプランは実行していないはずだが。


(俺も本当はこの後、メイド喫茶で昼食する予定だったけど、そのプランは必要なかったしな)


 案外、真冬も昆虫館デートだけで、全てを終わらせているかもしれない。

 なんせ真冬は要領がいいのだから。


(そうだ。ひょっとしたら、真冬も俺と同じような微妙な気持ちになっているかもしれない)


 夜は陸と真冬の二人で、ちょっとした飲み会でも開くのもいい。

 そうだ、そうしよう。


「陸……お、お待たせ!」


 と、陸の思考を裂くように、背後から聞こえてくる澪の声。

 陸はそんな彼女に振り返り——。


 思考が停止した。


 その理由は簡単だ。

 目の前に居るのは澪だ。

 間違いなく悠里澪その人だ。

 その人なのだが……しかし。


 スク水を着ている。


 しかもなぜか、猫耳猫尻尾に首輪をつけてランドセルを背負っている。

 なるほど。


「……ふぁ?」


 と、陸は思わず変な声が出てしまう。

 すると、澪はすかさず彼へと言ってくる。


「うち、やっぱり陸を嫌いになんてなれない! だから……うちが変わる!」


「え、は?」


「陸がエッチでも変態でも構わない! それなら、うちもエッチで変態な女の子になる! だって……っ」


「ちょ——」


「うちは陸のことが大好きだから! この気持ちは絶対に変えられないんだ!」


 と、なんとも嬉しいことを言ってくれる澪。

 そして、陸がそんなことを考えた。

 まさにその瞬間。


 ボンッ!


 なんともまぁ。

 シュールで聞き馴染みのある音と共に、胸に凄まじい痛みがはしるのだった。

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