三題噺(1000字以内)

カワチ

一題目「成り上がり 森 都会」

 バキッ! と木々が砕ける音。

 一人の小柄な少年が、大木に拳を打ち続けていた。

 絶え間なく続く少年の打撃が、森の空気を震せる。木の枝の先に止まっていた小鳥たちが、彼方に飛んでいく。

「クソッ! クソッ!! クソッ!!!」

 周囲の緑に、拳から流れる血が飛び散る。既に痛みは感じなくなった少年の拳は、止まる気配がない。

「また、兄に負けたのか?」

 木の傍で見守っていた一人の老人が、少年に声をかける。

 やっと、少年の拳が止まった。

「……」

 小柄な少年が小さく頷く。その横顔は、年相応に見えた。

「……そうか」

 噛みしめるように呟いた老人は、枯れた枝のような指を森の外へと向ける。

「お主も、都会で修行する時期なのかもしれぬな」

 少年が何度も首を横に振る。

「僕は、師匠と一緒に修行するよ」

 老人は優しく微笑む。

「都会の格闘家たちにとって、わしの技が時代遅れなのは知っておるよ」

「そんなことない! 師匠の技は最強なんだ」

「お前にそういってもらえるだけで、わしは満足じゃ」

 少年が俯く。血が滴るその拳は、何かに耐えるように震える。

 老人が少年に近づき、優しく抱擁する。

「わしのことは気にするな。お前のしたいようにするのじゃ」

「師匠……」

 老人の胸の中で、少年が唇を噛み締める。

 二人にとって、一秒が十分のように感じる時間が流れた。

 名残惜しそうに、老人が少年から離れる。

「さあ、行くのじゃ」

 少年がなんども振り返りながら、森の外へと歩いていく。その先にあるのは、少年の兄がいる都会。

 やがて、少年の姿が見えなくなる。

「これで、良かったんじゃ」

 老人は踵を返す。


「絶対に証明するから!」


 森の木々を揺らすほどの大声。

 少年を知る老人には分かる。その声には、自信と不安が入り混じっていることが。

 老人は足を止めて、森の外を見つめて目を細める。もちろん、少年の姿はない。

 それでも、老人はしばらく見つめていた。

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