最終話「大好きよ、エリオット」
他の団員たちも馬車に乗りこみ、窓からルギルが顔を覗かせる。
「エリオットさん! エリオットさんが帰還したことも団長に言っておきますから、アイリスさんの治療をしてください! お疲れさまです!」
「ああ、お疲れさま!」
いくつもの馬車が走っていき、辺りは静かになる。
エリオットは玄関の扉を閉めて、急いでキッチンから保冷剤を持ってきてくれた。
鏡を見ると私の頬は少しだけ腫れていて、魔石が中に入った保冷剤をあててくれる。
この保冷剤は常温に置いていても魔石の力があるから冷えたままだ。
ピタリとあてられて、冷え冷えの保冷剤に身体がびっくりする。
「しばらく頬に保冷剤をあてていて。身支度が終わったらすぐに病院に行こう。魔術師から回復薬を貰えるはずだ」
「……ありがとう」
私が保冷剤に手をあてると、エリオットの手がそこから離れる。
そのときに少しだけ手が触れあって、久々のその体温と香りに心から安心した。
「あの様子じゃ、軍にも抵抗するだろうから罪は重いだろう。王位継承権も剥奪されるだろうな。牢から出てこれない可能性もある。……元婚約者に暴力を振るったんだ。当然の結果だろう」
「あ……」
そうだ。
エリオットに、私が殿下の婚約者であることがバレてしまった。
どうしよう。エリオットは、殿下の元婚約者が『運命の番』では嫌だろうか。
私が元公爵令嬢だということを知って、エリオットはどう思っているのだろう。
嫌われる? 『運命の番』だけれど、ここにはもういられなくなる?
不安な顔をしていたら、エリオットからぎゅっと抱きしめられた。
「アイリスが殿下の元婚約者であることは、なんとなく察しがついてたよ」
「え……っ!? どうして?」
「出会ったとき、言動や所作ですぐに貴族の出身だとわかった。何か訳ありで家を出たんだって。それに、俺が殿下が婚約者を探していることを話したときがあっただろう。今更言うならどうして婚約破棄をしたんだ、令嬢は殿下のためにたくさん教育を施されていたのに、って言ったら、泣きそうな顔をしていたじゃないか。どうしてアイリスが泣きそうになる必要があるのだろうって思ってたんだ。そのあと人づてに聞いた話で、殿下の婚約者の名前がアイリスだったことを思い出して。それで、なんとなく」
「……」
抱きしめられた胸板から、甘い香りが漂ってくる。
まさか、言動や所作だけで貴族だと見破られていたとは。
所作はともかく、言動は普通の平民の女の子に寄せていたはずだ。
なのにわかってしまうなんて……私の身体も喋り方も、奥の奥まで『貴族』が染みついているのだろう。
「……君が殿下の元婚約者だからって、嫌ったりしない。嫌だなんて全然思わない。……出会ってから、ずっと好きだったんだから」
「え……」
突然の告白に、驚いて顔を上げる。
そこには、温かみのあるエリオットの笑みが見えて。
瞳の奥に深い愛が宿っていることが、透けてわかった。
「タニア村に着いて大きな魔物と戦うとき、冒険者が逃げ出したんだ。後は獣人騎士団に任せると言って。それで、急遽団員に応援要請を頼んで、戦闘が長引いてしまったんだよ。……遅くなって、本当にごめん」
「……心配、したわ」
「うん、ごめん」
「本当に、心配したの……っ」
エリオットの大きな身体が私を包んでくれていることにようやく安心して、わあっと数えきれないほどの涙が溢れた。
雫はエリオットの胸板を濡らし、騎士団専用の服に染みを作ってしまう。
エリオットが、いる。
それだけで私はわんわんと泣いて、落ち着くまでエリオットは謝り続けてくれた。
「……一か月間、アイリスがいなくて本当に寂しかった。弁当を食べているときは出発した当日だったけど、そのときだって寂しくて泣きそうだったんだ。それほどアイリスのことが好きで、好きで……たまらなかった」
「……」
涙を拭おうとすると、きつく抱きしめられた。
強い抱擁が、私へ愛情を注いでいるのだと感じる。
「アイリスと会うたび、話すたび、愛が積もっていくばかりだった。アイリスが想ってくれていなくてもいい。それでもいいから、アイリスを愛させて欲しい」
「……エリオットは、馬鹿ね」
「え……?」
私は胸板からひょいっと顔を出して、背伸びをする。
エリオットの鼻先と私の鼻先がくっつくくらい近づいて、言葉を続ける。
「エリオットがいなくて、どれだけ寂しくて、どれだけ不安だったと思ってるの? ずっとずっと、エリオットの帰りを待っていたわ。これが……好きではない証拠になる?」
「……っ」
「私、エリオットのことが好き。大好き。貴方が『運命の番』で、本当に良かった」
「アイリス……」
エリオットが身を屈める。
エリオットのお母様の部屋に行ったときみたいに、お互いの顔が近づいていく。
吐息を感じて、次の瞬間には……唇が触れ合っていた。
柔らかい唇を一瞬だけ感じて、離れていく。
「愛してるよ、アイリス」
「私も愛してるわ、エリオット」
お互いに微笑み合う。
そのときのエリオットは、いつも通りの笑みじゃなくて、幸せを心から噛み締めている笑顔で。
私はこの先もずっと、エリオットと一緒にいられますように、と願った。
すると……ぱあっと私の身体が光を放つ。
「え……っ、なに……?」
「これは……」
光が放たれたのは一瞬だけで、身体には何の異変も感じなかった。
何かあったのかときょろきょろ自分自身を見つめていると……髪先が、銀色に染まっているのがわかった。
「なに、これ……」
エリオットと全く同じ色の、少し青みがかった銀髪。
不思議に思ってエリオットを見つめると、彼は喜んで私の髪先に口づける。
髪に口づけられるのは初めてで、髪に感覚なんてないのにかあっと顔が熱くなった。
「『運命の番』の特徴だ、本で読んだことがある。二人の想いが通じ合ったとき、人間の髪先は獣人の髪色に染まる。周りの人たちに自分たちは愛し合っている『運命の番』だと意思表示できるんだ。お互いが想っていても、相手に愛を伝えないと起こらない。……アイリス」
「……はい」
「ずっと一緒にいよう。永遠に」
エリオットの目尻には、少しだけ涙が浮かんでいた。
エリオットの部屋に行ったとき、『運命の番』の特徴が書かれた本が置いてあったのを思い出した。
きっと、エリオットはそこから学んでいたのだろう。
それに、前に私が見た猫の獣人と仲睦まじそうに歩いていた女の子も、美容院に行って染めたのかと思っていたけれど……こういうことだったのだろう。
……そういえば、『王シン』の世界の殿下とミリアは、最後ミリアの髪色に殿下の毛先が染まっていた。
この世界の殿下とミリアは……番だからという理由で婚約しているから、本当に好きになったわけじゃない。
だから、髪色が染まらないのだろう。
……私の髪先は、エリオットと同じ髪色に染まり、窓から射しこむ陽にあたって煌めいている。
エリオットの銀髪も光があたってキラキラと輝いていて、その色に染まった事実がすごく嬉しかった。
これから先もずっとずっとエリオットと一緒に生きていこう。
辛いことがあっても、悲しいことがあってもきっとエリオットとなら乗り越えていける。
背伸びをし、私の髪先と同じ色の髪を撫でて、幸せの笑みを零した。
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