第38話「淡い恋心」

◇◇◇


「うーん……どういうメニューにしたほうがいいもんかねえ……」

「やっぱりアフタヌーンティーが良いですよ! カップルでも来やすいんじゃないですか?」

「アフタヌーンティーかぁ……。俺たち作るの大変じゃねぇ?」


 ルトさんがうんうんと頷いた。


 もう季節は日本でいう春。

 暖かい風が街を吹きぬけ、花々も色鮮やかに咲く時期だ。


 人々が着ている服も変わり、春らしいパステルカラーの洋服が目立つ。

 そうなれば当然、カフェのメニューも変化しなければいけないわけで……。


「やっぱり肉だろ肉! あったかい季節になってきたんだから、熱々の肉食いたいだろ! ステーキとかハンバーグとか!」

「ちょっと! ここはカフェですよ! そうじゃなくてもっとオシャレなメニューにしたほうがいいでしょう!」

「春の野菜にも注目したいわよね」

「うーん……春のお野菜サラダとか? でもサラダ売り上げ悪いですよねぇ……」

「ルトも何か言いなさいよ」

「えー……うーん……野菜モリモリハンバーガーとか……」

「男子ってばガツ食いすることしか考えてないじゃないですか!」


 ミルさんたちで話しているのは、三週間後から始まる季節限定のメニューだ。

 ルウィーナさんが「何かいい案はないかい?」と言って今に至る。


 食事系のものと、スイーツ系両方を提案しなければならない。

 メニューをみんなで考案しているのだが、なかなか決まらずかれこれ数十分こうして言い合いになっている。


 閉店後に話し合っているため、片付けも終わっているし店を気にしなくてもいいのだけれど……うーん、このままじゃ埒があかないんじゃないかなぁ。


「どうすればいいと思います!? アイリスさん!」

「え……私?」

「この店の売り上げを爆上げした貴方の案を教えて欲しいのよ」

「アイリスさん! お願いします!」

「……お願い」

「あたしからも頼むよ」


 みんなから詰め寄られ、壁に追い詰められた私は一つため息を吐いた。


 もう……私にばっかり頼るのもいかがなものかと思うわよ?

 でも、みんな良い人だし、私も役に立ちたいからさっきまで考えていた案をちゃんと言うけれど。


「まず、食事系の料理ですが……春野菜とベーコンのペペロンチーノはいかがでしょうか。野菜の苦味とにんにくの風味はとても相性が良いかと思います」

「なるほど、ペペロンチーノか!」

「確かに美味しそうです!」

「いいね!」


 ルウィーナさんが紙にペンでメモを取る。


「それからデザートは、私もアフタヌーンティーが良いかと思います。その代わりキッチンの方々が大変なので、休日のみの予約制、それから三段の本格的なアフタヌーンティーではなく、二段の手軽に食べられるものが良いんじゃないかと。アフタヌーンティーは、イチゴと食用花を使ったフラワーストロベリーアフタヌーンティーはいかがでしょう。もちろん味に妥協はしてはいけませんが、花を散らせばそれだけでもかなり可愛く見えるのではないですか?」

「おぉ! 確かにそうだ! 何も高級宿にあるような本格的なアフタヌーンティーを作らなくてもいいもんな!」

「……賛成」


 ルザックさんがうんうんと頷き、ルトさんがパタパタと尻尾を振って私の言葉に肯定する。

 春メニューは春野菜とベーコンのペペロンチーノとフラワーストロベリーアフタヌーンティーで満場一致。


 ルウィーナさんが食材を仕入れるための資料を作ると言って、ルウィーナさんたち以外は帰らされた。

 ルトさん、ルザックさん、ナジェリさんとは帰り道が違うため店の前で分かれる。


 私はミルさんと一緒の歩幅でもう暗くなってしまった道をゆっくり歩いていた。


「さすがですね、アイリスさん。あんなに良いアイデアが浮かんでしまうなんて」

「いえ、偶然浮かんだだけですから」


 前世で飲食店の企画運営をしていたのだから、このくらい当然対応できる。

 あんなブラック企業に勤めていたことも、今では役に立っているんだなと皮肉に思った。


「最近どうです?」

「どうって?」

「もう、ごまかさないでくださいよぉ~」


 ミルさんがバシバシとからかうように私の肩を叩く。


「最近エリオット様とはどうなんですか~?」

「う、うーん、いつも通りですよ」


 絶対この話だろうなと思って身構えていたのに、いざ聞かれたら気恥ずかしくなって髪を耳にかける仕草をする。

 そんな私の顔を覗きこんで、ミルさんはにやにやと笑っていた。


「じゃあ、アイリスさん的には、エリオット様のことをどう思ってるんですか?」

「どう……」


 あまり考えたことがなかった。

 いつでも私に優しくしてくれるエリオット。

 暴漢に絡まれたとき、私を守ってくれたエリオット。


 頭を撫でてくれる温かな手。

 抱きしめてくれたときに感じた体温と心臓の音。

 鼻腔に入ると安心する、甘い香り。


「素敵な人、だと思います」


 精一杯の答えが、それだった。

 そう、素敵な人だ。


 一緒にいると楽しくて嬉しくて、幸せ。

 そうか、私、エリオットのことを、もう……。


 ミルさんにエリオットのことをどう思ってるか本当の言葉なんて、言えない。

 私は、もうエリオットを誰にも取られたくないと思ってしまっているから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る