第37話「エリオットの過去」

 エリオットはホットミルクを一口嚥下してから、ゆっくり話し始めた。


 エリオットのお父さんは、『運命の番』と出会った。

 それが、エリオットのお母さんだ。


 二人で愛し合い、結婚した。

 愛を誓って、指輪を交換した。

 結婚式は私はしたことがないけれど、この国も前世と同じような式なのだろう。


 エリオットが産まれたけれど、父は獣人騎士団に入っていて、その仕事で忙しく身体の弱い母の面倒も、小さなエリオットの面倒もあまり見れずにいた。


 そして、エリオットが学園に通って数年経ったころ。

 父から満足に愛も与えられないまま、父も亡くなり、身体が弱かった番の母も、亡くなった。


「だから、父さんのようになりたくなかった」


 そうならないように、もし『運命の番』に出会ったら、たっぷりの愛そうと心に決めていた。

 どんなに仕事が忙しくても、愛情を注げるように必ず早く帰って、必ず番を愛せるように。

 後に生まれる子どものことも、愛せるように。


「子どものころ、獣人騎士団の試験に合格するために、父さんに剣術をすごく厳しく教えられてたんだ」


 エリオットの父は言っていた。

 「大切な人を守れるようになれ」と。


 エリオットは、本当に両親のように番が見つかるかはわからないけれど、番が見つかったらその人を大切に守ろうという一心で剣術に励んだ。


 父のようにはならずに、必ず番を愛そうと決めていた。


 仕事で忙しい父は母に滅多に会うこともなく、当時は王都から離れた村で生活していたため、王都で護衛を任されていた父はほとんど泊まりこみだった。


 父に会うこともないまま、話すこともないまま母の容態は悪化していく。


 そして、その父は国境の森の魔物を退治する依頼を受け、そこに向かったときに確認されていなかった巨大なドラゴンに襲われて亡くなっている。


 そのドラゴンは隣国の宮廷魔術師とも協力し、封印されたのだけれど……父が亡くなったという伝令を聞いたエリオットは、深く悲しみ、怒りがこみあげた。


 『運命の番』でありながら、愛していた母にもほとんど会わずに、何故死んだのだと。


 だけど、エリオット自身も騎士団に入団した。

 護衛以外にも魔物の討伐もしなくてはいけないという、危険な仕事をしているからいつ死ぬかはわからない。


 エリオットは必ず愛する人を見つけ、大事にしてから死のうと思っていた。


「それで、ようやく俺は『運命の番』に出会った。……嬉しかったんだ、番と出会えて」


 寂寥の笑みから、幸福の笑みへと変わる。


「俺は、アイリスが番だから優しくしてるんじゃない。アイリスが、俺のことを支えてくれているから、俺のことを大事にしてくれているから優しくしたいと思うんだ」

「私が……?」

「そうだよ」


 告白されたような錯覚がして、一気に首から顔にかけて熱が上る。

 エリオットは告白なんてしたつもりじゃないのに勝手に私は気恥ずかしくなって、慌ててホットミルクを飲んだ。


 エリオットが飲み物を持ってきてくれて良かった。

 気を紛らわせるものがなければ、私は今ごろエリオットの部屋を飛び出していただろう。


「今は君が俺のことを想ってくれなくていい。だけど、俺が君を離さないことだけは覚えていてくれ」


 想ってくれなくていいって、どういうこと!?

 先程の告白じみた言葉で若干パニックになってしまい、私は返事もできずに狼狽えてしまうばかりだ。


 それ以降エリオットは話さなくなってしまって、沈黙が気まずくてどんどんホットミルクを飲んでいるうちに、マグカップの中は空っぽになってしまった。


 落ち着いてきて、私はエリオットが話してくれた彼自身の過去を思い返す。


「きっと、エリオットのお父様は……エリオットのお母様を愛してたんじゃないかと、私は思うわ」

「……そう?」


 エリオットと彼の父との間に、何か思い違いがあるような気がしてならなかった。

 私はまだほんのりと温かいマグカップを両手で握りしめる。


「大切な人を守れるようになれと、お父様はエリオットに仰ったのでしょう? それはきっと、お父様がお母様を大切な人だと思っていて、守っていたからじゃないかしら」


 でなければ、自分が入団していた騎士団に息子を入らせて、「大切な人を守れるようになれ」だなんて、言うだろうか。


「実家って、まだ残ってるの?」

「ああ。避暑地として有名な村だから、夏に休みが取れたときにそっちに行ったりしてる。物は結構片付けてしまったけど……」

「それなら、実家に行ってみたらどう? もしかしたら、お父様とお母様の知らなかった事実が見つかるかもしれないわ」

「……アイリスがそう言うなら、行ってみる。そのときは、君もついてきてくれない?」

「私が?」

「ああ。両親の写真もあるから、アイリスに見せておきたい」


 エリオットの両親。

 どんな顔をしているのだろう。


 エリオットの顔立ちからして、両親共にすごく美人なのだろうな。

 それできっとお父様が狼の獣人だったのだろう。


 近いうちに実家に行くという話をして、もう夜も更けてきたため私は自分の部屋に戻り、ベッドに入った。


 初めてエリオットの過去を聞いた。

 すごく寂しそうな表情をしていて……聞いて良かったのか躊躇われたけれど、でも話してくれて私は嬉しかった。


 優しいだけじゃなくて、父のことを恨んでいるように思っているのが、エリオットの人間性をようやく垣間見れたからだ。


 ――アイリスが、俺のことを支えてくれているから、俺のことを大事にしてくれているから優しくしたいと思うんだ。


 不意にあの言葉が蘇り、恥ずかしくなってシーツを頭まで被る。

 熱でもあるのかというくらい上気したまま、だんだん瞼が重くなってきて、目を閉じた。

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