第15話「私の『運命の番』」
◇◇◇
美しい銀髪の狼獣人は「エリオット」という名前らしい。
『王シン』で聞いたことのない名前だ。恐らく、私の行動がストーリーから外れているのだろう。
一緒に食事がしたいと言われたので、一人で食べるよりは楽しいかなと思い同意した。
お互いイチゴのスイーツやカレーなどの料理を取って、席に座る。
私はエリオットさんの言っていることが未だに信じられなくて、ある単語が頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
私と、今目の前に座っている人が『運命の番』……? 本当なの?
「エリオットって呼び捨てで呼んでくれると嬉しい。君の名前は?」
「わ、私は……アイリス」
「アイリス……本当に出会えて嬉しいよ」
アイリスなんてどこにでもいる名前だから、家名さえ言わなければ大丈夫だろう。
実際に、私は外に出られなかったから殿下と一緒に歩いているところさえ学園以外で誰にも見られていない。
貴族以外の人には、私を見ても殿下の元婚約者だとはわからないはずだ。
エリオットが幸せそうに微笑む。
私は、『運命の番』というものがいまいち理解できなかった。
「本当に、私たちは『運命の番』なんですか?」
「そうだよ。朝、ここの外で並んでいるときから感じた。『運命の番』がこの中にいるって」
じゃあ、並んでいたときに感じていた匂いは、女性の香水じゃなくてエリオットからの匂いだったの!?
しかも、イチゴタルトを取ろうとしたときに感じた匂いだって……。
「この香りは、イチゴの香りじゃなかったんですね……」
「……ふっ」
エリオットが吹き出し、くく、と笑いを堪える。
「イチゴの香りじゃないよ。実際俺が近くにいると、香ってくるだろう?」
確かに、エリオットが目の前にいるとすごく落ち着く香りがしてくる。
ずっと一緒にいたいような、安心する匂い。
まさかこれが自分の『運命の番』から発するものだなんて、思わなかった。
「君は、イチゴが好きなの?」
「え?」
エリオットの視線が私の皿に移る。
私の皿にはイチゴタルト、ショートケーキ、イチゴゼリー、イチゴのシュークリーム、イチゴマカロン……などなど、イチゴだらけだ。
カレーやフライドポテトなどのセイボリーは盛られていない。
「その……甘いもの全般が好きなんです」
「俺も好きなんだ、甘いもの。今日は仕事が非番だったから来たんだよ。まさか『運命の番』に会えるなんて、思いもしなかった」
「私も……」
いざ『運命の番』と出会ってしまうと、緊張してしまって上手く話せない。
だって、殿下が私を捨てて『運命の番』と婚約したくらいなのだ。
それほどの強烈な人と出会ってしまうだなんて、予想していなかった。
会ってみたいと憧れてはいたけれど、思っていたのと違う気がする。
なんかこう、もっと……運命! この人がいないと私はダメになってしまう! というような依存的なものかと思っていたけれど……この人と一緒にいれば落ち着く、といったような『ふんわり』としたものだ。
――『運命の番』って、出会った瞬間運命! って感じるものなの?
――うーん……一説によると男性のほうが感じやすいと聞いたことがあります。
ルルアに聞いた話では、男性のほうが運命と感じるのは強い……。
『王シン』では、確かに男性からアプローチしていた。
『運命の番』に出会った男性は一生相手を離さないというように独占欲が強く、嫉妬深い。
相手に近寄ってきた男には牽制する。
天寿を全うするまで相手に愛を伝え、相手に尽くす……という設定だったはずだ。
……この人が?
「……っ!」
ぼわっと顔が熱くなって思わず俯いた。
ちらりとエリオットに視線を向けると、彼は大きく口を開けてイチゴのロールケーキを頬張っている。
艶やかな銀髪に、太陽で煌めく海のような蒼の瞳。
洋画に出てくる俳優のような高い鼻に、少し口角が上がっている唇。
背も高くて、手足がすらっと長い。
狼の耳は銀色で、整っている。
美しい顔立ちに狼の耳が生えた、モデルのような男性の獣人だった。
「獣人騎士団って知ってる?」
「いえ、何も」
ヴィーレイナ家では獣人の話は一切されなかった。
きっと私と殿下を婚約させるために、『運命の番』がいるかもしれない獣人という種族に興味を持たせないようにしていたのだろう。
「近衛騎士団とは違って、王都だけじゃなく、王国随所を護衛してるんだ。俺は王都と近隣の街の護衛を団長から任されてる。もちろん森に住む魔物の討伐もしてるよ」
「獣人のみの騎士団なのですか?」
「ああ。全員獣人だ」
なにそれ! ぜひとも見て見たいわ! そしてあわよくばモフモフさせてほしい!
「俺は獣人騎士団の副団長を勤めてる。一応騎士団長候補なんだ」
「え……! 団長!?」
「候補ってだけだよ。でもそのくらい鍛えてるから、君のことを絶対に守りたいと思ってる」
エリオットがにこりと笑う。
笑った顔がすごく美しくて、思わずドキリとしてしまう。
速い鼓動を押さえるためにイチゴゼリーを口にするけれど、美味しいとは思うのに、一人で食べるときより細かな味がいまいちわからなかった。
「俺はベスティエ街に住んでる。アイリスは?」
「あ……えっと……」
正直に言うべきか迷った結果、自分の素性は伏せて端的に話した。
両親に家を追い出され、新しい住居の手配もしていなかったから宿を転々としていること。
家にいたときに所持していたお金でカフェ巡りをしていること。
王都は家賃が高いから、王都に少し近い別の街で住居を探そうと思っていること。
大体のことを話したら、エリオットは「そうか……大変だったな」と悲しい面持ちで口にした。
しばらくエリオットが顎に手をあてて熟考したあと、私と視線を合わせる。
「アイリスが良ければでいいんだけど……俺の家に住まない?」
「えっ!?」
「俺の家、結構広くて。使ってない部屋もあるんだ。もちろん君に乱暴な真似なんてしたりしない。家賃も俺の家だから、払わなくていい。どう?」
「え……うーん……」
正直男の人と一緒に住むのは気が引けてしまう。
前世だって男の人と一緒に住んだ経験なんてないし、今世だって男性といったら殿下くらいとしか関わりがなかった。
一緒に住むなんて、殿下と結婚してからの話だったし……。
私が悩んでいたら、ふっとエリオットが笑った。
「異性と一緒に住むのは怖い?」
「そうですね。私、男性と一緒に住んだことがないので……」
「大丈夫だよ。同意がないのに襲ったりなんて、絶対しない。君を絶対大事にしたいと思ってるから」
同意がないのにって……私が同意したら襲うってこと!?
泳がせていた目をエリオットのほうに向ける。
真剣な眼差しでこちらを見つめていて、どうやら嘘は吐いていないようだ。
「それに……」
「……?」
「獣人騎士団として、この国のいろんなところを周ってる。辺境から王都の地まで、美味しいスイーツが食べられる店を知ってるよ」
なんですって!?
「一緒に住みます!」
私はガタッと立ち上がり、前のめりになって言った。
私はまだ王都すら知り尽くせていない。
辺境の地なんて何も知らない私にとって、エリオットの言葉は私の心を大いに動かした。
辺境にはどんなスイーツがあるのだろう……!
前世でなかったようなスイーツがあったらどうしよう!
この人と一緒ならローズウェリー王国中のスイーツを制覇できるかもしれない!!
妄想を膨らませている私の傍で、エリオットがこっそり「これは卑怯だったかな……」と呟いていたのは全く聞こえなかった。
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