第2話「佐山幸の人生」
私、
仕事内容は飲食店の企画運営。
毎日毎日メニューの企画案を出しているうちに、わけがわからなくなって倒れたこともあった。
だけど、病院のベッドで目を覚まして、スマホを開いたら上司から「自分の健康管理もできないのか」と怒られる始末。
やめたくても新卒時代から働いているこの会社では、私の代わりになれる人がいなかった。
自分の自由な時間をなくして死に物狂いで働いて、それでも給与は上がらない。
私って何やってるんだろう、と徐々に神経をすり減らしていくばかりの日々を過ごしていた。
でも、そんな私にも一週間に一度の楽しみがあった。
それは、カフェ巡りだ。
美味しいスイーツが大好きで、休日はよく遠出をして雑誌やSNSで見かけたカフェでゆったり外を眺めたりスマホを弄ったり、今ハマっている恋愛小説を読んだりしていた。
恋愛小説は今まで読んだことがなかったけれど、会社の同期に勧められてからいろんな恋愛小説を読むようになった。
特に最近ハマっているのは、『王太子とのシンデレラ結婚~殿下から男爵令嬢への溺愛~』という小説だ。
一巻で完結の小説だけど、面白くて何度も読み返している作品だ。
カフェラテを飲みながら好きなことをするこのひとときが、私は大好きだった。
たまに上司から電話がかかってくることはあったけれど……カフェでケーキを食べて飲み物を飲んでいる間は、全てを忘れることができた。
料理も趣味の一つで、カフェで美味しいスイーツを食べたあとは、自分の食べたい料理を作って発散する。
たまに会社にお弁当を持って行って、同期から褒められたこともあった。
「はぁ、このカフェ巡りに付き合ってくれる人がいたらな……」
大好きなカフェ巡りは一人で行くことがほとんどだ。
何故なら、同期はみんな彼氏がいて休日はデートの日だったり、結婚していて家庭を持っているため休みの日は忙しかったりするからである。
恋人が現在いないどころか、彼氏いない歴年齢の私には、それが羨ましくて仕方ない。
一人でカフェで過ごす時間も好きだけど……たまには同期や友人と一緒に休日に食事がしたい。
「……はぁ」
お気に入りのカフェでカフェラテを飲んで再び溜め息を吐く。
辺りを見渡すと、自分より若い女の子にも彼氏がいて、その彼氏とスイーツを食べ合いっこしたりしていて無性に悔しくなった。
「もう一軒くらい、行こうかな」
今日は午前中から外出しているため、好んで通っているカフェでゆっくり休んでもまだ日が暮れるには時間があった。
吉祥寺にある有名なパフェの店にでも行こうと会計を済ませた後店から出て信号を待つ。
今日カフェで食べたランチはアルザス風ピザで、とても美味しいため月に一度は通っている。
腹八分目くらいのちょうど良い量で、ぺろっと食べられてしまうのがまた良かった。
「久々にシトロンのパフェ食べたいな。あ……でも、その前に雑貨屋に寄ろうかな」
もう少し腹を空かせてから食べたほうが、美味しく食べられる気がする。
そう思って青信号になった横断歩道を一歩踏み出したとき――。
ガン、と頭を鉄で殴られたような衝撃が走った。
そのまま私の身体は軽々しく吹っ飛んで、遠くの電柱に打ちつけられる。
身体を支えることができず地面に倒れると、ほんの数秒で辺りが真っ赤に染まった。
――あ、これ、死ぬんだ。
ぼうっとした意識の中で思ったのは、まるで他人事のような自分の死だった。
走馬灯のように自分の人生が頭の中を流れていく。
高校生まで何事もなく変わらない毎日を過ごした私。
大学受験のストレスに追われ、適当に専門学校という進路を選択した私。
友人に囲まれ楽しい日々を過ごしていたのに、就職先でモノのように扱われ、ぼっちでカフェ巡りをしている……寂しそうな私。
私の人生って、なんだったんだろう。
会社だって、とっとと辞めればよかったんだ。
それで、好きなカフェでバイトでもしてお金稼いで、狭いアパートで暮らして、休みの日にカフェ巡りをしていたら素敵な男性に出会った……そんな人生があったかもしれないのに。
徐々に脳内が霞んでいき、瞼が重くなって抵抗できずに閉じる。
遠くで聞こえてくる救急車の音。
周囲のざわめきや、警察を呼んでいる人の声。
それもどんどん私の耳から聞こえなくなっていく。
意識があるうちに、私は祈った。
神様、来世は美味しいスイーツを、これでもかというくらいに食べたいです。
ブラック企業にも勤めることはありませんように。
そして、傲慢だとわかっていますが……私にも、彼氏ができたらいいな。
ぼんやりと願ったあと、私の意識はなくなった。
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