反転令嬢と真面目令息
青猫
第1話
ルルシアは、その夜なんとなく目を覚ました。
きっと、お昼に母親とお昼寝をしたのが原因だろう。
ゆえに彼女の眼はぱっちりであった。
(ちょっと、おにわでもみよう)
大きなベッドからゆっくりと下りて、窓の傍まで歩いていく。
——その夜は、とてもきれいな満月の夜だった。
「わぁあ!きれい……」
しかし、彼女は月の真ん中に影があることに気づく。
しかも、その影は動いていくではないか。
(もしかして、ようせいさんかなぁ?)
そんな風に彼女が考えていた時、突如としてその影が方向を変えて、こっちの方向に向かっていることに気づく。
「わぁ、ようせいさんがくる!」
ルルシアは慌ててベッドにもぐって寝たふりをする。
妖精は、子供をさらうのだと、母親から少し前に教えてもらったからだ。
『だから、いい?夜中に子供は外に出ちゃいけないの?』
きっと子供をしつけるための方便だったのだろう。
ルルシアは自分が攫われないように、ベッドにもぐってしがみついている。
——ガチャ。
コツ、コツ。
カギを閉めていたはずの窓が開き、足音が部屋に響き渡る。
その足音が、大きくなり、ベッドの近くまで来たとき。
「まぁ、子供だったのね。誰かに見られてると思ったら!」
という女性の声がした。
(ようせいさん……!)
ルルシアは必死で寝たふりを続ける。
「そうだわ!この子に新しく思いついた呪いをかけてみましょう!なんて頭がいいのかしら、私!」
(のろい……?)
ルルシアはぶるぶると震えている。
呪いというものが悪いというのは母親に読んでもらった絵本で知っている。
……逃げたい。でも体が動かない。
女性はぶつぶつと何かを唱えると、再びコツ、コツという足音を響かせて、遠ざかっていく。
「自分の体が、自分の思いとは裏腹に動くのってどんな感じなのかしらねぇ?」
その言葉を最後に、窓はバタンと閉まり部屋に誰の気配も無くなった。
(ようせいさん、行っちゃった……?)
ルルシアはそっとベッドから顔を出し、誰もいないことを確認してホッとする。
「だれもいない……よかった……」
(あした、おかあさんにいおう)
そうルルシアは決意した。
しかし、そんな明日が来ることは無かった。
その日から、彼女にとっての地獄が始まった。
次の日の朝、彼女が起きると、メイドが朝の支度にやってくる。
その時に出される紅茶が、彼女は大好きだった。
いつも通り、支度を済ませて、メイドにお礼を言おうとした時だった。
(ありがとう!)
「……」
彼女が心に思った言動とは反対に、まるでしてもらうのが当たり前かのようにドンと構えているルルシア。
(あれ、こえがでない?)
ルルシアの前に紅茶が出される。
とりあえず、ルルシアは紅茶をおいしい飲み干そうとして、突然体が思い通りに動かなくなる。
ルルシアは、紅茶を吐き出したかと思うと、「まずい!」と叫ぶ。
メイドは、突然のルルシアの行動にびっくりしたが、とりあえず、紅茶を片付ける。
ルルシアは心の中で青ざめる。
(どうしよう、めいわくをかけちゃった)
ルルシアは謝ろうとする。
(ごめんなさい)
「……」
しかし、ルルシアの顔は不貞腐れ、まるで自分は悪くないといったような表情となってしまっている。
そこに母親であるリシアが入ってくる。
「おはよう、ルルシア……ってどうしたの?」
リシアはテーブルの上の吐き出された紅茶を見て、メイドに尋ねる。
「それが、ルルシア様が紅茶が美味しくないと吐き出してしまって……」
「そうなの?」
リシアはルルシアを見るが、ルルシアは怒っているようでそっぽを向いている。
リシアはティーポットから紅茶を取り出して、飲んでみる。
「まぁ、いつも通り、美味しいじゃない?ルルシア、どうしたの?ほら」
そう言って紅茶を差し出してくるリシアにルルシアは謝ろうとする。
(ごめんなさい)
「うるさい!嫌い!」
しかし、ルルシアの口から出てきたのは二人に対する罵倒の言葉であり、ルルシアはリシアのティーカップをはたき落としてしまった。
(あ……)
ルルシアは泣きそうになる。しかし、表情に出るのは怒りだけ。
(ごめんなさい!)
「出てけ!」
謝ろうとしても、出てくるのは拒絶の言葉だけ。
リシアとその場にいたメイドは固まってしまった。
そして、彼女の地獄はずっとこの先も続いていくことになるのである。
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