婚約破棄ブームと聞いて不安になった令嬢、『婚約破棄対応マニュアル』を大金で購入してからはおかげさまで毎日が幸せです
だぶんぐる
婚約破棄ブームが起きているらしいですわ
「ステラレル=カモシレーヌ! お前との婚約は破棄し、お前の妹と婚約する!」
「え! えええええええええ!?」
学園の卒業パーティーはまだ始まったばかり。
なのに、私はもう退場の時間のようです。
目の前には、私の婚約者であるウワキスル殿下。誰もが目をひかれてしまうような美しい金色の髪を揺らし、獅子さえもひれ伏すような強い意志を感じさせる金色の瞳が私を睨みつけています。
そして、その横で腕を絡ませているのが私の妹であるウバエル。紅茶色のふんわりと柔らかそうな髪に包まれた小さな顔からはみ出しそうな翠玉の瞳であざ笑うようにやはり私を見ています。
その両者の瞳の中に写る、焦げ茶で可愛げのない真っ直ぐな髪、翠玉というより苔緑な瞳の女、それが私ステラレルです。
私は、震える声でウワキスル殿下に問います。
「な、何故私が捨てられるのでしょうか」
「捨てられるとは人聞きの悪い! 婚約を破棄するのだ、それも正当な理由で!」
正当な理由? 私には心当たりがありません。であれば、聞くしかありません。
一体私が何をし、何がいけなかったのか。
「その、正当な理由とは……?」
「それは……」
ああ、ウワキスル殿下。そんなに怒りに燃えるような目をして……。
「焼き芋が食べたいからだ!」
「……は?」
ウワキスル殿下から発せられたのは、予想外のお言葉。
「焼き芋が食べたいから! 私は! 焼き芋が食べたい! 食べたいから婚約破棄! 食べたら婚約破棄! 食べたらおなら! つまり、おならは婚約破棄! おならぷーぷー婚約破棄! そういうことだ!」
で、殿下が……壊れた!
「お姉さま……そういうことよ」
どういうことなの!? 私だけ!? 分かってないの私だけなのですか!?
「「「「ぷーぷーくすくすぷーぷーくすくす」」」」
みんなが笑っています。ああ……心なしかみんなの顔が焼き芋に見えます。
そ、そんな焼き芋が食べたいから、婚約破棄だなんて、そんなの、そんなの……。
「あんまりですわー!」
と、そこでパッと目が覚めました。
良かった。夢でしたわ。
「おはようございます、ステラレル様」
気が付けば、部屋の入り口に侍女のヨケーナが。
「おはよう、ヨケーナ」
ヨケーナは幼い頃から私の傍にいてくれた頼りになる侍女です。
けれど、彼女はちょっと癖のある侍女で……。
「うなされていたようなので、少しでも楽しい気持ちになれるよう私の実家に伝わる芋収穫を祝う舞を踊っていたのですがいかがでしたか」
「余計なことをしなくていいのよ」
私は全力の笑顔でそう伝えるとヨケーナは無表情で、
「かしこまりました。では、次回は、恐怖! かぼちゃ追いかけ祭りのかぼちゃ野郎を追い払う舞で恐怖を取り払って差し上げます」
「余計なことはしなくていいの」
彼女に付き合っていると悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきました。
もしかして、うなされていた私の心を少しでも軽くしようと冗談を……。
「人参突き刺し祭りの人参演武のほうが、いや、じゃがいもそっくりさん選手権のフィナーレのじゃがダンスに……」
違いました。というか、何故ヨケーナの地方では不思議な野菜祭りばかり開催されているのでしょうか。
「ところで、何にそんなにうなされていらっしゃったのですか? とうもろこしがお尻に刺さる夢でもご覧になられたのですか」
「野菜から離れましょうか」
ヨケーナがこの世の終わりみたいな顔をしていますが無視します。
「ウワキスル殿下に卒業パーティーで婚約破棄を宣言される夢を見たの」
途中でヨケーナのせいで焼き芋祭りになってしまいましたが、恐ろしい夢でした。いや、焼き芋祭りも十分恐ろしかったのですが。
「それもこれも、昨日のお茶会であんな話を聞いたからでしょうね」
婚約破棄ブーム。
近年では、貴族の間でそのようなものが流行っているとか。
お茶会にお呼びした令嬢の方から聞いてしまったのです。
卒業パーティーや婚約発表の場で、婚約した令嬢を捨て、新たな恋人と婚約すること、しかも、その令嬢の妹や、突如現れた聖女と出来たら最高点なんだそうです。なんでしょう最高点って。
冗談みたいな話ですが、私は完全に笑い飛ばすことは出来ませんでした。
何故なら、私、ステラレル=カモシレーヌには、ウバエル=カモシレーヌという妹がいて、しかも、私よりもかわいらしく、そして、私のものや特技を奪うのが大好きなのです。
私が現在婚約しているウワキスル殿下は、文武両道で学園でもトップクラス、カリスマ性もあり、誰からも好かれ、また、あの方自身も周りの人間に対し分け隔てなく接される方ですので、正直心配な部分はあります。
「どうしましょう。私、このまま婚約破棄ブームに乗られた殿下に捨てられてしまうのでしょうか」
私は困り果て、ヨケーナに涙の零れそうな目を向けます。
すると、ヨケーナは……両腕を顔の前に立て、ぶるぶると震えています。
「ステラレル様、これは私の実家に伝わる苦くなり過ぎたピーマンを甘くする祈りの舞です。これを見て元気をお出し下さ「余計なことはしないで」
「失礼しました。では、代わりにこれをご覧になられてはいかがですか?」
と、ヨケーナが差し出してきたのは一冊の分厚い本。
受け取って、題名を見てみると、
『婚約破棄対応マニュアル』
「こ、こ、こんな……」
「てへ☆ 余計なお世……」
「こんな便利なものがあったのですねー!!!!」
すごい! すごいですわ! 『婚約破棄されるかもしれない貴方! 婚約破棄されちゃう前にしっかりと対策をたてて、完璧な婚約破棄を目指しましょう!』ですって! 正に今私に必要な本!
「ありがとう! ヨケーナ! 卒業パーティーまであと一年! この本で完璧な婚約破棄を成し遂げて見せますわー!」
ヨケーナに本の額を聞くとかなりの大金ではありましたが、あの悪夢を考えれば安いものです。
ため込んでいた私財をヨケーナに与え本を手に入れました!
さあ、早速実践あるのみ! 今日は学園もお休み! 着替えて早速マニュアルを進めていきますわ!
「着替えの準備を! ヨケーナ!」
「ああ、そっかー、この人、あたしが色々やりすぎたせいで常識イカレてるんだった~」
ヨケーナが何か言っていましたが、どうせ余計なことでしょうから無視します!
さあ、始めましょう! 『婚約破棄対応マニュアル』による完璧な婚約破棄を!
レッスン1『婚約破棄を宣言された時のリアクション』
婚約破棄の場におけるされる側のリアクションは重要と言えます。思わぬ助けを得てその場で逆転するカタルシス半端ないタイプの場合は、本人が分かってない方が盛り上がるので「な、何故そのようなことを……?」くらいの弱めのトーンで。一方、自身で全ての準備を整え、その場で自分自身の力によって解決していくパターンでは「かしこまりました。では、そのように」や「本気で仰っているのですね」など落ち着いた雰囲気で。「ありがとうございます(にっこり)」や「だけど、断りますわ!」、「やられたらやり返しますわ! 三倍返しですわ!」などちょっとひねったものであれば、観衆がおおーっと感心するかもしれません。ご自身の状況に合わせた正しいリアクションを。
「なるほど……」
私は、婚約破棄を甘く見ていた様です。婚約破棄された時のリアクション、夢の中での私はとんだ三流役者でした。もっと場を盛り上げなければ一流の婚約破棄された令嬢になれません! 全てにおいて万端にする為、「な、なぜそのようなことをおっしゃるのです!?」の驚愕型、「かしこまりました」の知的美人型、「ありがとうございます(にっこり)」の皮肉型、全てを準備しておきましょう。
その後、私は現場での立ち位置や、声をかける人の選び方、グラスの落とし方、料理を食べ過ぎると注意力が落ちる、お喋りはあまり盛り上がりすぎると婚約者の叫びを聞き逃すかもしれないから下らなさすぎずショック具合を強く見せるためにほほえましい話題を、等など非常に多くのことを本から学びましたわ。
レッスン54『逃亡先を決めておこう』
婚約破棄をされた場合、一定数の方が追放、または、命を狙われる可能性を恐れての逃亡となります。そのパターンになった場合のことを考えて、過ごしやすそうな逃亡先を決めておきましょう。
「それは頭にありませんでしたわ……!」
己の未熟さに頭を殴られたような思いがしました。私は、出来得る限りの世界に関する情報を集め、今後成長がどのくらい期待できるか、それぞれの他国との関係性、資源の枯渇の危険性がないかどうか等ありとあらゆる条件を頭に入れ、総合的に考えた結果、緑が豊かで、ちょっと地方に出れば温泉もあるアロリア神聖国に決めました。あそこならゆっくりと出来そうです。
そして、そのほか事前準備として逃亡や根回しの為の資金とありましたので商売の勉強にも力を入れ、ある程度の財を手に入れ、手に職もしくは何かの能力を持っておくべきということで、聖女様と同じ光の回復魔法、あと、どこでも雇ってもらえるよう料理の技術、更に、一人で暮らしても困らぬよう家事全般を学び、その場で処刑されないように護身術を五~六人程度なら囲まれても捌けるくらいに身につけました。
レッスン62『怪しまれない程度にこちらは親愛の情、もしくは、愛国心があると見せておきましょう』
こちらに親愛の情、もしくは、愛国心がないと思われては、損です。
適度にご挨拶、そして、こちらにはお話するつもりがありますよ、というのを見せておきましょう。大体、妹が邪魔しにきますので「く……!」と言って去りましょう。
「く……! で、出来るかしら」
やってみると意外と「く……!」というのが難しいことが分かりました。
なので、度々ウワキスル殿下にご挨拶に伺い、お話をしてきましたわ。同じ話をしたり、詰まらない話をしては、こちらにその気がないと思われますし、その、殿下が詰まらなさそうなのは辛いので、話題には厳選に厳選を重ねた殿下の好みにあった上で、ヨケーナに作家で入ってもらって仕上げたテッパンの話を持っていきましたわ。そのたびに妹が現れて、最高のオチまでたどり着けなかったので、「く……!」も毎回リアルに出来ましたわ! ただ、オチが聞けず殿下が絶望した顔を見せていたのは申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
レッスン98『隣国の王子と知り合っておこう』
婚約破棄で結構な頻度で起きるのが隣国の王子が助けてくれるパターンです。なので、事前に隣国の王子と知り合っておきましょう。
「な、そんなことが……!」
ただ、自分を高めるだけでなく、周りも固めておくこと。確かに重要ですわね。
幸いにも、学園に留学に来られている王子様は何人かいらっしゃいます。
けれど、それで殿下に浮気を疑われたくありません。なので、私は、『男装王子』こと、ユーリ=モイケール様にもしもの時は助けて頂くようお願いしましたわ。ユーリ様にそのことを話すと「もしもの時は本当にいいよね」と言われましたがどういうことでしょう。ユーリ様のドゥーカ王国は代々男装の王が治め、伴侶となる方は男性なのですが……。
レッスン99『浮気の証拠を集めておこう』
集めておくと後々便利。
ああいいかもしれません、頼んでおきましょう。
「ヨケーナ!」
「はい、ここに」
ヨケーナが鼻先を頬に当てて現れます。近い。
「どうされました、この前、真っ白な肌がウワキスル殿下っぽいからって大根に捨てないでと泣きついていたステラレル様」
「余計なこと言わないで」
「それで、いかがされました?」
「婚約破棄に備えてウワキスル殿下の身辺調査をお願いしたいのだけど……」
「かしこまりました。好きなお野菜の祭りまで全部調べておきましょう」
「余計なことは調べないで」
何も言わずにヨケーナは去っていってすごく心配ですが、やることはやるので……余計なことをするだけで、やることはやるのでヨケーナに託しました。
そして、最後のレッスン100……それが終わった頃、卒業パーティーがもう目と鼻の先でしたわ。
そして、卒業パーティー。
私はレッスン49の『出来るだけ友人を作っておきましょう』に従い、多くの友人が出来たため、みんな泣きながら私に会いに来てくれましたわ。ただ、盛り上がりすぎると殿下の婚約破棄宣言が聞こえないかもしれませんので、絶妙の温度のジョークを随所に挟んで空気を柔らかくしておきました。ただ、心残りなのがレッスン88の『出来るだけ妹(もしくは奪いに来そうな相手)を煽っておきましょう』がうまくいきませんでした。試験でいい点をとったり事業が成功した時に、煽りに行こうとしたのですが、私が近づくとすごい形相を見せたあとに何処かへ去っていくのです。妹も婚約破棄対応対応マニュアルでも持っていたのでしょうかあなどれません……!
そうこうしている内にパーティーが終わりましたわ。
……。
「「あれ?」」
私と、少し離れたところにいる妹が同じように声をあげます。
「皆、卒業おめでとう。良い夜を。そして、素敵な夜明けとならんことを」
ウワキスル殿下がキラキラとした微笑みを浮かべながら締めの挨拶を終えましたわ。
ええ!? いや、ちょ、
「ちょっとお待ちください!」
私が声を掛けるよりも早くウバエルが声をあげました。
そうよね! ウバエル! 今からが本番よね!
「どうした? ウバエル?」
ウワキスル殿下も中々の役者ですね。一度知らんぷりをして、落差で盛り上げようと……婚約破棄マニュアルを入手していると見ました。
「あ、あの! ウワキスル殿下! お姉さまとの婚約を破棄して私との婚約を結ぶお話は……」
ほうら、やっぱり来ましたね! 待っていましたよ! さあ、この一年の成果を!!
「く……!」
言えましたわ! この一年何度も繰り返してきた中でも最高の「く……!」を!
始めましょう! 最高の婚約破棄を!
「ウバエル……その話何回目だ……そして、何回言わせるのだ……私は、婚約破棄をするつもりなどないぞ」
……。
あっれれ~~? おかしいですわ~。婚約破棄しないのですか?
「な、何故そのようなことをおっしゃるのです!?」
あ、思わず特訓に特訓を重ねたあのワードが!
振り返ったウワキスル殿下は少し驚いたようでしたが、言葉を続けます。
「良い機会だ。改めて伝えておこう。ステラレル聞いてくれ」
「かしこまりました」
私は静かに凛とした表情で迎えます……って、これは違う想定の為の台詞で!
「私は、君と結婚するつもりだ」
「ありがとうございます(にっこり)」
言えた~! けど! あれれれれ!? どういうこと?
「どういうことです?!」
あ、またウバエルに台詞を取られました。ウバエルも相当訓練を重ねてきたのですね!
「分かった。折角だからこの場で説明もしておこう。まず、ここにいるステラレルは同学年の者ならばみな知っている通り、学問でも武芸に於いても私と並び一位だ。そして、魔法に於いては私を超える。さらに! 商才もあり、在学中の身でありながらいくつかの事業で成功を収めている。これだけの実力であれば嫉妬も酷いだろうと思っていたが、その素晴らしい人格によって多くの人望を得た。黄金の世代と呼ばれる我々の中でも誰もが負けを認める天才中の天才なのだ。私の婚約相手がこんなに素晴らしい人物で私は誇りに思う!」
大歓声。いや、あの、それは、婚約破棄された時の為に身に着けておくべきものと言われたので……とは言えず、とりあえず、曖昧な微笑みを浮かべておきます。
「いや、でも」
ウバエルがまだ何かを言おうとしますが殿下がそれを遮ります。
「それに、ウバエルよ。お前は、私の後を追ってくるばかりで、勉学に熱が入っておらず、成績も低く、評判も良くないと聞いている。私が君に婚約を望む理由がない」
ウバエルは、そう言われて、二の句を継げず押し黙ってしまいます。
ウバエル頑張りなさい! あなたが頑張らないと私の努力はなんだったの!?
でも、ウバエルは、ヨケーナ曰く『嫌がらせする攻撃力はある癖にメンタル弱い防御力低すぎ』な子なので、そのまま俯いてしまいました。
……こうなれば仕方ありません。マニュアルは越えてこそとマニュアルに書かれていました。
私は手を挙げました。
「どうしたステラレル」
ウワキスル殿下が微笑みながらこちらにやってきます。
「殿下……お言葉ではありますが、殿下はまだ私に伝えるべきことがあるのでありませんか」
私は意を決して、殿下の目を見据え伝えます。
さあ、婚約破棄を! もう妹じゃないのならそれでよいので、聖女でも、他の令嬢でも連れてこないのですか!?
私は、決して殿下から目を離したりはしません。
「な、何を言い出すんだ……ステラレル。そんなことは今ここでなくても」
殿下が明らかに狼狽しています。声は上ずり、上気した顔、目は泳いで……やはり、あるのですね、言うべきことが。自ら招いたものとはいえ、ずきりと胸が痛みます。
「殿下が仰らないというのであれば、こちらにも考えがあります。ヨケーナ!」
「ここに。お呼びですか、毎晩大根を抱いて寝てるステラレ「余計なことは言わないで」失礼致しました」
「こほん、それよりお願いしていた例の情報を今ここで皆様にお伝えして!」
殿下に逃げ場がないよう、私は皆が見守るこの場で高らかに告げました。
レッスン93にあったように!
「良いのですか……この場で」
「良いのです、さあ」
もう、覚悟は出来ています。どんな辛い事実も受け止めますわ……。
「どういうことだ! ステラレル!」
「殿下、無礼を承知で私は、殿下が私のことをどう思っていらっしゃるか、そして、殿下に他に想う人がいないか、調べさせていただきました」
「わ、私を疑うのか!?」
「やましいことがないのであれば、ただ毅然としていれば良いだけではありませんか!」
レッスン65『動揺する相手を押し黙らせる凛とした声をつくれ』……完璧な声の高さで出せましたわ。
「く……!」
殿下……! なんとお上手な「く……!」を! く……!
「では、申し上げます」
ヨケーナさえ言うのに戸惑った内容……一体どんな殿下の裏側が……。
「やめろ! やめてくれー!」
殿下……クライマックスです! お互いに大人しく受け入れましょう!
「ウワキスル殿下は、ステラレル様のことが大好きすぎて頭がおかしくなりそうなんだそうです」
……んん?
どうしましょう。
マニュアルにありませんでしたわ。あたままっしろですわー。
「城内の者に話を聞いたこところ、ウワキスル殿下は、近しい者に今日何回ステラレル様を見かけ、何回話しかけ、何回言葉をかけてくれたを毎日嬉しそうに、ほっぺただるんだるんで伝えられているそうです。あ、ちなみにステラレル様の言葉は一言一句書き留めているそうです」
あたままっしろですわー。あ、うわきするでんかはまっかっかー。
「ステラレル様とお話しできなかった日は、ステラレル様と同じくらい真っ白な肌の大根を抱いて泣きながら眠ることもあるそうです。勉学も武芸もステラレル様を尊敬しており、置いていかれるわけにはと並々ならぬ努力を重ねられ、王宮の宰相、騎士団長、魔法団長皆が殿下の才能と努力を認め忠誠を誓っているそうです。何故そこまで、と誰かが聞くと、『ここまでせねば愛しい人の隣に立てぬのだ』ととても良い笑顔で言われていたそうです」
でんかまっかっかー、あ、わたしもまっかっかー。
「あ、ちなみに、他に想う人はいないそうです。婚約をした頃から女性に会う機会を最低限に抑え、自分の思いの強さを伝えたかったようですよ。そういえば、ステラレル様もその頃から殿下一筋でしたね」
ヨケーナが余計なことを言いましたが、それは置いといて、もっと聞きた……もとい、ここまでは客観的な話であり、まだ殿下本人から聞いてない以上まだ信じられません!
そして! レッスン100の成果を見せる時ですわ。
「も、もう、いいだろう」
ウワキスル殿下が、顔をトマトみたいに真っ赤にしながら場を収めようとします。
「いえ、まだですわ。まだ、殿下本人の言葉を聞けておりません。先程までの話が本心かどうか知りたいのです」
「ど、どうやって? 私が言っても疑って根掘り葉掘り聞いてくるのだろう?」
「いえ……次の魔法にかかっていただきお答えくださればそれで終わりです」
「魔法……それはどんな?」
レッスン100『本心を聞くためにこの魔法を覚えよう!』
「自白魔法です」
顔を真っ青にした殿下に向け、私は精神魔法でも最も難しいと言われる自白魔法を放ちます!
「殿下! 本当のことをおっしゃってください! 私を捨てるのでしょう!」
白い光が殿下を包みます。そして、ゆっくりと殿下が口を開きます。
「絶対に! 絶対に手放すものか! 私は! 私はステラレルを心の底から愛してるんだーーーーーーー!!!!!!」
……。
マニュアルにはここまでしか方法が書かれていなかったので、もう私には対応する術はありません。
私の、負けです。
大人しく、殿下の思いを受け止めます。
いえ、本当はただ自分に不安で、捨てられる理由を求めていただけなのでしょう。
レッスン101『それでも好きならがんばれ』
あとがきのことばですわ。
なんと具体性のないアドバイスでしょう。
レッスン22の『当日は出来るだけ動きやすい服装(ドレスはドレス)で』に比べて天と地ほど具体性が違いますわ。
けど、がんばってよかった。
がんばってる間はうじうじなやまずにすんだし、
がんばったから自分に自信が持てた。
多分、このマニュアルに出会っていなければ、例え婚約破棄されなかったとしても、こうして好きな人とちゃんと向き合えなかったと思う。
私は震える声で宣言しました。
「私も、愛しています、殿下をずっとずっとお慕いしておりました……! 殿下が笑ってくださるのなら、私でなくてもと思い込もうとしていました……! 殿下、本当に心からの言葉を、自分の言葉で。ウワキスル殿下との婚約破棄対応を破棄し、一生あなたへの想いを破棄しないと誓います」
マニュアルになかったので練習も出来ていないしうまく言えなかったかもしれません。
でも、殿下は笑ってくれました。私は、泣いてしまいました。
そして、その後、この騒動は、大問題となりましたが、互いの愛の大きさ故ということで国王陛下はお許しくださり、いえ、むしろ面白がって演劇の作品にしてしまいました。おかげで私と殿下は、民衆から冷やかされるくらい気軽な存在となってしまいました。
演劇『ハズガナイ王家の恋騒動』は他国でも上演されているらしく、他国へ呼ばれた際にはまずその話題が上がり、恥ずかしくはありますが、良い関係を作ることに一役買ってくれているように思います。
そうそう、ユーリ=モイケール王子もこの演劇を見たそうで、その時、私の役を演じていた女優に一目ぼれして求婚されたそうですわ。
あ、私の妹は、その後、成績も振るわず、能力もあまりない上に人望もということで、政略結婚でサセル=ワケナイ辺境伯の元に嫁いだそうです。妹の性質上、辺境伯に嫁ぐことには不安を感じていたのですが、何もない自由で広大な土地を持っていらっしゃり、非常に理性的な方と聞いておりますので、彼にかかれば、何も奪えるわけないさ、と、我が、お、お、夫は微笑みながら教えてくれました。
そんな我が、お、お、夫と今、アロリア神聖国に旅行に来ています。短い期間ではありますが下調べは十分しておりましたので、温泉などしっかり楽しむつもりです。ヨケーナが、何か変なマニュアルを私たちに勧めてきますが……余計な……でも、一応、一応、頂いておきましょう。
婚約破棄対応マニュアルのおかげで私は幸せな毎日を過ごしています。
マニュアルのない日々ではありますが、お、お、夫と共に幸せになろうと思います。
婚約破棄ブームと聞いて不安になった令嬢、『婚約破棄対応マニュアル』を大金で購入してからはおかげさまで毎日が幸せです だぶんぐる @drugon444
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