第15話 異界送り
「ごめんなさい。あなたが何を言っているのか、よくわからないわ」
文七の言葉に少女は困惑しているようだった。
三太も勿論困惑している。というか、こんな無茶苦茶な話をはじめて聞かされて驚かない方がおかしいんじゃないだろうか。
移動。
単純に考えれば引越しのことなんだろうが、それは少女は当然拒否している。文七もさっきまで同意していたはずだ。いや、あれだろうか。同意したと見せかけて強制的に排除する宣言なのだろうか。
そんな矛盾した展開に、三太と少女は困惑しているのである。
二人の視線を受けながら、文七は澄ました顔でコーヒーを啜る。
「別に難しい話じゃない。あんたは今まで通りの生活をして、俺らは俺らで報酬をもらうってだけさ。その上、この家をあんたが暮らしたい場所に移せるんだ。北国は辛いだろうから南国の方がいいか? あっちにもおれの知り合いはいるし、快適に暮らせるよう紹介するぜ」
「いや、あの、文七さん」
まただ。
三太は自分自身の舌を引き抜きたくなった。余計なことをしている自覚はある。けれど、文七の言葉はそれほど意味がわからなかったからだ。
「ん? なんでい?」
「あの、話が噛み合ってないと思います」
「どうして?」
「いや、どうしてって。そもそも、彼女はここから離れたくないって言っているんですよ? 確かに引越してもらわなくちゃいけないですけど、だからって頭ごなしに言ったって通じないですし」
「おいおい、誰が引っ越せなんて言ったんだ?」
「はぁっ?」
何言ってんだ、この猫?
いや、猫が物言う時点でおかしいのだが、それにしたって筋が通ってない。三太は初めて文七の言動に猜疑の念を抱いた。もしかすると、言葉が通じていると思っていたが話はまるで通じていなかったのではなかろうか。
「…あなた、まさか。いえ、ありえない…! だってそんなこと…でも、今の言葉は…!」
と。
何故か、少女は表情を変えていた。それは、言動のおかしい文七を嘲笑するものでもなく、慌てている三太を見て侮蔑の視線を向けているようなものじゃない。まるで信じられないことを聞いたかのような驚きとまだそれを信じきれていないような、そんな表情だった。
しかも、その迫力たるや。
三太が文七に対する追求を一瞬で止めさせるほどのものだった。
「そうさ。あんたの考えてる通りさ」
「この屋敷を異界に送ってやるのさ。こっちの世界に門を設置していつでもここに来れるようにしてやるよ。そうすりゃ、あんたがどこに住んでたって娘に会えるぜ?」
✳︎
「そう──そうなのね…ッ! あなたが門番なのねッ!」
文七の言葉に少女はこれまでの泰然としたかなぐり捨てて、文七の手をとった。少女が両手で包み込むように迫る姿はある種異様だったが、文七自身は特に驚いてもいない様子だった。ちなみに、三太はびっくりしすぎて再度刀に手を伸ばしたが、少女にものすごい殺気が籠った眼光を飛ばされて動けなくなっていた。
少女はすぐに視線を文七に戻した。
「おいおい。随分と情熱的だな、俺らはそこまで有名人なのかい?」
「とぼけないでっ! あなたのことをどれだけ探したことか! はじめからそう名乗ってくれれば…っ!」
「へぇ? そいつは光栄だ」
少女の豹変した態度は収まる様子がない。
三太は割って入ろうか思案したが、すぐに無意味だと悟る。一睨み。それだけで、三太の自由は奪われたのだ。今更しゃしゃり出ても一発でのされるか、下手すれば殺されるんではないだろうか。無駄死にはごめんである。なにより、文七の態度はまるで変わっていない。少女とは違って、泰然とした様相になんの変化もないのだから余計なことをする必要はないだろうと三太は思った。余計なことをしまくったくせに、何を今更というのも当然自覚していたが。
「でも、どうして? だって、あなた達『門番』は世俗とは関わらないって話じゃ」
「そりゃ随分と古い話だな。今じゃ逆だ。俺らがあんたみたいな連中の困りごとを解決する役を担ってる」
「そんな…っ! それなら、どうして今まで…っ!」
「おいおい。なんだい、あんた自身にもたいそうな困りごとあるみてえじゃねえか。そう言うのは最初から言ってくれりゃいいのによ。なぁ?」
「え? あ、はい」
突然のタイミングで文七は三太へ同意を求めてきた。三太は反射的に同意する。おそらく、三太がサボっていると見抜いたのだろう。その通りだった。三太自身、無力感があったし、そもそも話の流れすらもよくわかっていたにのだから。
門番。
異界。
この二つの単語すらもよくわかっていないのに、どうして集中力を保つことができるだろうか。
「まぁ、なんでも解決できるってわけじゃねえがよ。話してみりゃ気が晴れることはある。試しに話しちゃくれねえか?」
文七の言葉にはどこか温かみがあった。
傍で聞いているだけの三太がそう思うのだ。直に語りかけられた少女は、迷うような素振りを見せた後、躊躇うように口元を震わせる。視線を何度も逸らしながら、意を決するように文七を見つめた。
「実は──」
「そこまでにしていただきたい。申し訳ないが、そこから先は貴殿らが踏み込んでいい領域ではないのでな」
そんな、いるはずのない第三者の声が突然響いた。
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