第29話 魔獣 三


「あの丘じゃと…っ!?」


 眼下に見えるのは剥き出しの岩肌を天に突き出した丘だ。周囲は緑で覆われており、細かな情景は上空からではわからない。西に広がる大森林の中に唯一ある異物。ある意味わかりやすい位置にいることにある種の違和感を覚えた。

 というか、どうやってあそこまで奥まった場所に行ったんだ?

 

「間違いないのか?」


「間違いないです。まだ生きてます」


 我ながら不謹慎な言葉だと思う。

 だが、大森林にも魔獣はいるのだ。あくまで人里に降りてこないだけで危険な化け物がうじゃうじゃいると長老が以前語っていた。二年前にも同様で、アスラとおれは随分と酷い目にあったもんだった。

 その時は大森林の入り口付近で一晩中逃げ回ったのだ。危険度の低い魔獣たちですら、子供のおれたちには逃げ回るだけで精一杯だった。あれから二年経っているとは言え、正直、まだまだ子供のおれたちが足を踏み入れていい場所じゃない。そんなこと、あいつとおれは骨身に染みてわかっているはずなのに。


「まずいな。あそこには迷宮ダンジョンがある」


「え?」


 は?

 思わず長老を凝視したが長老は長老で丘を睨みつけたままだ。

 いや、というか、迷宮ダンジョンって言ったか? え、この世界に来てから初めて聞いたんだけれど。

 確かに大森林自体は子供が足を踏み入れていけない場所として言い含められてきた。集落の周囲は大人たちが常時見張っているから大抵の奴らは足を踏み入れようともしない。

 それを破って大騒ぎになったのは森が危険だからというだけではなかったのか。

 

 迷宮ダンジョン

 

 そんなワクワクする場所がこんなにも身近な場所にあったなんて。


「一度戻るぞ。戦士を集め、探索せねばならん」


「え、戻るんですか?」


「わしとお主だけでは危険すぎる。迷宮内の魔獣は森にいるそれよりも遥かに獰猛で危険なんじゃ」

 

 いや、それはもちろんわかっているけれども。

 正直、長老が負けるところなんて想像すらできない。今だって空を飛んでるし、その気になれば眼下の森だって焼き尽くせるほどの炎を生み出すことだって出来るし、森の全てを吹き飛ばす嵐を起こせることだって出来るはずだ。

 少なくとも、前回の時はそれに相応しいほどの力を見せつけている。


 最古の魔導士。その二つ名に偽りがないことをおれは過去の経験から知っている。


「アグニルとシーナも連れてこなければならん。あそこに眠っているのは」



「おーいっ!」


 不意に、眼下から声が響いた。

 予期していなかった事態におれと長老は目を合わせた。すぐに声の主人を見れば、


「おーいっ! さーんっ!」


 果たして、そこに伊藤咲奈はいた。

 いつの間に登ったのか、岩肌の上で呑気に手を振っている。

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