第25話 伊藤咲奈 二十⚫︎歳
「え? それはそうだよ。だって私たちは人間で、あの人たちは鬼だよ? 身体の構造だって違うし、そもそも魔力量だって雲泥の差があるの。だから、私たちが魔法を使いこなすのは難しい…というか、無理だと思う」
ごく当たり前のことのように伊藤咲奈は言った。嗜めるわけでもなく、慰めるわけでもなく。淡々と事実を述べているようだった。というか、それがまさしく事実なんだろう。ここ数年学び続けて、初歩の初歩すらマスター出来ない現状を見れば、やっていること自体無駄だと言われても否定できない。
というか、そもそも、初めからそれを教えろって話だ。
「…無理じゃない」
「いや、別に責めてるわけじゃないよ? ただ、向き不向きはあると思うって話」
「またそれか」
「え?」
「なんでもない」
持ち込んだ菓子を渡し、伊藤咲奈を黙らせる。
ここ数年の付き合いで、彼女は意外と夢のない人間であるということがよくわかっていたからだ。というか、シビアとでも言えばいいのか。この村の人間とはまた違う、どうやってこの世界で生きていくかを考えているというか。
いや、もしかすればそれが正しいのかもしれない。
今、俺たちは日本人会を開いていた。
といっても、この村にいる日本人はおれと彼女だけなので会と呼べるような催しではない。定期的に開かれる井戸端会議に近いようなものだ。
場所も伊藤咲奈がこの村に住むために提供された住居だし、並んでいるのもお互いが持ち寄った菓子だけである。といっても、まだ子供(見た目と立場)のおれが持ってこれるのは母が作ったパイみたいなものくらいで、伊藤咲奈が用意したそれとは比べるまでもなかった…なんて、おれは思っていたが彼女にはそれが好評だったのだ。
手作り感が溢れ出ていていいらしい。
もきゅもきゅとしばらく食べてから、伊藤咲奈は言った。
「でも、透さんもよく続けられますね。心が折れたりしないんですか」
「そりゃ出来ないままは嫌だろ。まして魔法だぞ? 生き抜くためには使えるに越したことないじゃないか」
「暴力では何も解決しないですよ?」
「暴力が使えないんじゃ話し合いすらできないんだよ」
「…意外です。透さんって野蛮なんですね」
心底驚いたという表情を浮かべている。
いや、別に暴力を肯定しているわけじゃない。けれど、この世界の文明レベルってのを考えれば…いや、言い訳がすぎるな。
どれだけ歳を重ねようと男ってのはどこかで強さを求めるもんなんだ。前世ではその渇望を別な形で昇華させることこそが男の生きる道だと説いた漫画もあった。
今、目の前に遥か昔に手放した夢を叶える手段があるならば。
そこに手を伸ばすのは何も間違っていないんじゃないだろうか。
少なくともおれは絶対に間違っているとは思わない。だから、今でも毎日瞑想を繰り返している。
正直、終わりはまるで見えていなかったが。
「でも、まるで魔力を感じないんですか? 私でも三年で感じることができましたよ?」
「…人それぞれなんだろ。親父だって十年以上かかったみたいだし?」
「アグエルさんがっ!?」
「お、おう?」
いや驚きすぎだろ。今日一番大きなリアクションにおれの方が戸惑ってします。というか、信じられない話を聞いたとでも言わんばかりに目を見開いているので逆に興味が湧いた。
「なんだよ? そんなに驚く話かよ」
「当たり前じゃないですか!」
「だってアグエルさんは世界最強の戦士なんですよっ!」
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