第4話 信じて欲しい


「寿命ってどういう意味ですか?」


「そのまんまさ。なんでも女神が課題を出すらしい。それをクリアしなければそのままお陀仏って話だ。実際にそれで死んだ奴も見た」


 ノルマ。

 一瞬で血の気が引いた。その言葉を聞いて緊張しない社会人はいないだろう。


「…そんな無茶苦茶な」


「その女神様が言うには、一度死んだやつを生き返らせてやったんだから少しは役に立てって理屈なんだとさ。特にお前らは何の役にも立ってなかったからってな」


「…いや、まぁ、それは」

 

 特に否定できないのが恐ろしい。

 自分自身、誰かの役に立っていたなんてことを胸を張って言えるような生き方をしていない。せめて誰の迷惑にもならないように生きてきたつもりではあるが、そんなことを突きつけられる時点で気分が悪くなった。

 これじゃ、生まれ変わる前と何も変わらないじゃないか。


「ああ、安心していいと思うぜ」


「え? なにが、ですか?」


「お前さん、女神と会っていないんだろう? なら、大丈夫さ。稀だけどよ、そういうのとは関係なくこっちに来たってやつらもいた。そいつらさ、未だに仕送りしてくる連中ってのは」


「つまり?」


「お前さんにはノルマとかそういうのはないってことなんだろうな」 


 ほっとした。

 嫌な汗が引いたのもわかる。何も状況は好転してはいないが、一番の難所を乗り越えたような気分にもなった。

 ノルマ。存在自体が害悪であり、僅かな利益と一部の人間のみが得するだけの制度だ。しかも達成した人間ではなく、その上司が一番得をするっていうんだから救えない。…まぁ、おれがクリアしたこと自体少ないけど。年数を経るごとに増やしていくやり口は本当に殺したくなった。

 

「じゃあ、なんでおれは赤ちゃんに…?」


「さてな。偉そうに話してはいるがわしだってわからんことだらけさ。それこそ女神に聞くしかないだろうな」


「まぁ、そうですよね」


「ただ、わかっていることもある」

 

「なんですか?」


「お前さんが赤子だってことさ」


 頓知かなにかだろうか?

 一瞬、頭に疑問符が浮かんだ。煙に巻くような回答だと思ったが、その真意はすぐにわかった。というか、俺自身の肉体の方がその意味を理解していたのだ。


 ぐううううっとお腹が鳴ったのだ。


「腹が減ったかい?」


「えっと、はい。あの、すいません」


「何故謝る? 子供が腹を空かせるのは当たり前だ。むしろ、泣き叫ぶのが正しい」

 



 その通りだった。

 肉体はまだ赤子のそれなのだ。自分で何かを食べることもできない。どころかみじろぎひとつするのだって一苦労というか、出来る気がしない。文字通り何もできないのだ。

 その事実を突きつけられ、再び背筋に冷たいものが走った。

 女神の話、ノルマの話。

 何故、目の前の老人はそんなことをおれに話したのだろうか。

 そもそも得体の知れない赤子に対して丁寧すぎる態度だ。何か、思惑のようなものがあるんじゃないだろうか。

 そこまで考えて、


「あの、おれは何をすればいいんですか」

 

 自然とそんなことを聞いていた。


「ん? どう言う意味だい?」

 

「いや、あの、今そんな話をするのはそう言うことなのかなと」


「ああ、なるほど。すまんな、怖い想像をさせてしまったか」


 老人は柔らかい笑みを浮かべ、


「ただワシらを信じて欲しいと伝えたかったんだ。君の事情もいくらか知っているし、この村で家族として過ごして欲しいとな」


 そんなことを言った。

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