少女ルナ

青海夜海

第1話 夢への旅路

 晴れやかな青の空。命を燃やす彼女は月夜を望んでいた。


 背中下まで伸びっぱなしの白銀の髪に、淡い瑠璃の瞳をした少女の名はルナ。


 願いの旅を続ける少女だった。





 とある旅の途中、食料が尽きたルナは二日喰わずの過酷を味わいながら深い森を抜けた。そして見つけた集落に身を寄せていた。


「ようこそ旅人様。こんな森中の村へようこそ」


 そうルナを迎え入れたのは村長。

 畑作業をしている人なのか農服に土がこびりついている。六十は越えているであろう村長の男だが、背筋一つ曲がらず四十代にも見える。


「旅人様はいずこから?」

「氷山の向こうの花歌はなうたの集落です」

「なんと⁉それはえらく長い旅でございますな。『花歌の衆』と言えば春の祭りは噂に聞き及びます。精霊の寵愛を授かる精霊祭と」

「そうですね。花が有名の街で綺麗で優しいんだけど、花の管理や育成は本当に難しんです。私も自分の精花せいかを育てるためにすっごく苦労しました」

「そうなのですか?ここいらも婆や娘が毎年のように可憐な花々を咲かせますが?やはり、精花は違うのですな」

「精霊の力を借りて育てないといけないから、ちょっとでも精霊が気に入らなくなるとやり直しなのです。あはは、私は五回くらいやり直しちゃいました」

「なるほど。さすがは精霊の都ですな。花一つでさえ、精霊との調和を慮るとは、心から美しいく思われます」


 ルナは満足そうに頷く村長に話しを切って本題を突き出す。


「それで、私旅をしてるの。だけど食料が不足していてピンチなんです。なので食料を少し買い取らせてくれないですか?」


 懐から金貨を数枚取り出して村長に差す出すルナ。しかし、金貨数枚を見た村長は仰天ビックリとあわあわと首と手を横に振る。


「そ、そんな大金戴けません⁉」

「大丈夫です。私冒険者もしてるのです。街にいけば依頼はあるからすぐにお金は稼げますから」

「で、ですが……」

「私、こう見えて強いのです!」


 えっへんと十代半ばにして少しばかり薄い胸を張るルナ。敬語だったり子供じみていたり、少し変わった少女だと村長は苦笑する。


「冒険者様ですか……我々とて久しく見てませんな」

「そうね。二十年前の結界作業の時以来じゃない」


 そう話しに入って来たのは見目麗しい女性だった。

 気の強そうな顔立ちだが笑みを浮かべている姿は人柄の良さが伺えスラっとした身体は女性的な凹凸をつけ実に羨ましい。

 ルナは今だ発展途上の小さなを胸に手を被せる。


「ふふっお嬢ちゃん。そんな焦ることはないさ。ワタシだって成長したのは十八の辺りさ」

「べ、別に……気にしてませんが」

「そう機嫌を損ねるさ。まーそんだけ綺麗なら男は蜜に飢えた蛾のように寄って来るはずさ。お父さんが美少女をうちに連れ込んだって聞いて慌てて来てみたが、冒険者ならお父さんなんて蟻も同然さね」

「実の父親に向かっての言い草か⁉って連れ込んだってどうなっとるんだ⁉」

「鼻の下でも伸びてたんじゃないの」

「伸びとらん!」


 愉快な下世話の対象であるルナはどう反応するばいいのかわからなく取り合えず笑っておく。

 お姉さんは「そうだ、少しいいかい」と、首を傾げるルナに向き直り一つ依頼を出した。





「えっと、ここら辺なんですよね?」

「ああそうさ。一昨日あたりかね。村の男が異教蛮族バーバリアンを視たと言い張るのさ。まーこんな辺鄙な村じゃまずお目にかかれないんだけどね。こう都合よく冒険者の嬢ちゃんがいるんなら念を規すのは道理だろう」


 そう、私の頭を撫でながら「ちっこいね」と笑ってきたので、ふんとそっぽを向いた。


 そうして三十分ほど捜索していると、民謡を歌うような太古の音が響いてきた。ルナはお姉さんと眼を合わせて音のする方へ草木を掻き分ける。


「あれは異教蛮族バーバリアン


 開けた森の中で火を焚いて踊っていたのは人間の皮を被った化け物。

 人間の頭蓋骨を頭に被り、獣の毛皮で衣類と成し、雑食の魔物。人間に成り切れなかった異族だ。

 そんな化け物たち五体が囲んで踊る中央、縄に縛られて禊をされている齢十三くらいの少女が目に入り。


「ラミっ⁉」


 お姉さんの叫びが響き渡った。


「――⁉アンリさん‼たっ助けぇっ!」


 一斉にこちらをぎょろっと見つけたバーバリアンたちは怒声に似た咆哮を上げて駆け出して来た。


「や、ヤバ⁉」

「お姉さんは下がっていて!私が助ける!」


 アンリさんを背中にルナは左腰に佩く一降りの剣を抜く。月下美人ディアナフロースの花があしらわれた銀の剣。

 ルナは月夜の剣ディアナルクスを下段に構え、襲撃してきたバーバリアン向けて振り上げた。棍棒と剣が火花を散らす。


「やぁあ!」


 弧を描くように棍棒を内へ巻き込み身体を独楽のように回し、横切りが炸裂する。鮮血が舞う中、左右に現れたバーバリアンが息を合わせたように突貫。

 左方の棍棒を身体を引いて回避し、左方の上段から一撃を飛び退く。飛び退いたルナを目掛けて残り二体のバーバリアンが斧と薙刀を振り下ろす。


「嬢ちゃん――っ⁉」


 アンリさんの叫びはよく聴こえた。それだけで、ルナは負けることはなくなった。


「行くよ」


 粉砕する大地。砂煙を上げるそこに少女はいない。

 辺りを見渡すバーバリアンたちの上空、空へ飛び出た少女ルナは少し離れて着地。脚が地面を踏んだと同時に駆け出す。


 光りの速さ。風が吹き抜けるように、ルナの剣が抜き放たれる。


 斧と薙刀を持ったバーバリアンの首が引き飛び、大仰な動きで残り二体のバーバリアンを攪乱する。

 彼我の距離を十メルに少女は前方へと跳躍し、身体を捻り勢いをつけバーバリアンの棍棒ごと両断した。吹き上がる墳血に残り一体のバーバリアンが逃げ出す。


「待って!そっちは――っ」


 バーバリアンが一目散に逃げ向かう先には囚われているラミがいた。逃げ足の速い擬人魔物は怯え蒼白する彼女へ手を伸ばし。


「あなたたちの非道は許さない。だから、終わりです。――【月の瞬きリゲル】」


 突き出された剣先へ魔力が凝縮していく。

『精霊の血』を宿すルナは『精霊の剣』を用いて神秘を生み出す。


 常識を超えた神秘の事象。銀の閃光が解き放たれた。


 まるで地平線に沈む太陽の残光のように、地平線を疾る銀は手を伸ばしたバーバリアンの心臓を貫きその身体を粒子へ変換していく。絶命した魔物は儚い粒子となって消えていった。


「もう、大丈夫だよ」


 恐怖に涙するラミの縄を切断。


「――っ!あっ、こ、ごわかったでぇすぅ―っ!」


 ラミは自分より背の低いルナに立ち上がることのせずに抱き着き、泣き声を上げた。


「もう、大丈夫だよ。よく頑張ったね」


 そう、ルナは彼女を抱きしめてながら熱を与え続けた。




「もう行くのか?」


 ほんり寂寥感が漂うお姉さん――アンリさんにルナは大量に分けてもらった食料などをバックパックに、背負い込む。


「はい。やりたいことがあるので」

「そうかい。寂しいが、まー生きてりゃいつか会えんさ。元気でな」

「――はい!」


 元気よく頷くルナに「よし!」と屈託なく笑みを浮かべるアンリ。そして、駆け足でルナの前に女の子が立った。


「ラミ」


 一週間前、森で助けた女の子ラミ。ラミは少し潤んだ瞳でもじもじと赤を赤らめながら。


「こ、これ……」

「うん?赤いまじないの縁環ミサンガ

「うん。ルナちゃんがずっと元気でいられるようにって、願い込めたよ!ルナちゃんのお願いが叶いますようにって!」

「…………うん。ありがとう。大切にするね」

「うん!また逢おうね!」


 そう手を振る村一同にルナも手を振り返して歩き始める。

 そんなルナの背中にふと問いかけられる。


「そう言えば、お嬢ちゃんのやりたいことってのはなにさ」


 それはルナが憧れ、夢見て、わくわくしたもの。

 物語のような優しさと切なさと痛みを背負いながらも、それでも想い続ける情動。


 ルナはくるっと振り返り、微笑むのだ。



「私は『恋』がしたいです!」



 これは、齢十四のルナが物語のような『恋物語』に憧れ、『好きな人』を探す、そんな些細な物語だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る