第二幕 黒うさぎと不思議の部屋

場所

 不思議の部屋


※※※


黒うさぎ「ああ忙しい忙しい。昨日も今日も明日もその次も、休む間もないったら」

わたし「ウサ子!いた!」

黒うさぎ「ウサ子じゃないやい!」

わたし「あれ?」

黒うさぎ「おれは黒うさぎ。うさぎってのに文句があるのかい。トラのほうがよかったかい。それともりゅうのほうがよかったっていうのかい」

わたし「そんなこと、いってないよ」

黒うさぎ「そうかいそうかい。じゃあ行きな」

わたし「どこへ?」

黒うさぎ「だよ。わかるだろい」

わたし「わからないよ。わたし、金の鍵を落としたウサ子を探してるだけ、だもの」


黒うさぎ、得心とくしんしたように手を打つ。


黒うさぎ「うさぎを追ってるっていうんならあれだ、おまえは『不思議の国のアリス』だ」

わたし「ええっ!?」

黒うさぎ「おまえの名前は『不思議の国のアリス』。そうだろ」

わたし「ちがうよ、ちがう、ちがうと、思う」

黒うさぎ「うさぎを追って夢ん中、そこはめくるめく不思議の世界。違うのかい」


 不思議の部屋の壁に、ハートの女王の城のシルエットが浮かび上がる。わたしは首を横に振る。


わたし「わたしの名前は、『不思議の国のアリス』じゃありません」

黒うさぎ「じゃあなんていうんだい」

わたし「ええっと……ううんと」

黒うさぎ「じゃあ『赤ずきん』とかどうだい」

わたし「どうだい、って言われても」

黒うさぎ「赤い頭巾が似合いそうじゃないか。おばあちゃんちに行くんだろ?」

わたし「……行くのかなあ?行くかもしれないけど。『赤ずきん』じゃないと思う」

黒うさぎ「答えられねえってなら、そうだな、『人魚姫』か?」

わたし「ええ?なんで?」

黒うさぎ「『人魚姫』はなあ、人間に化けた人魚なのさ。王子様に正体を知られちゃならないんだぜ」

わたし「わたし、『人魚姫』でもないと思う」

黒うさぎ「じゃあなんだ。姫じゃないなら王子か?」


わたし、だまってのけぞる。


黒うさぎ「おい、なんとかいえ」

わたし「どうしてそう思うの?」

黒うさぎ「今時女の子でも王子様になれるっていうじゃねえか。『幸福な王子』とか? あれが幸福かどうかは知らねえけどよ。おまえも誰かのために、身を粉にして……」

わたし「(黒うさぎを遮り)違うと思います」

黒うさぎ「じゃあいったい、お前はなんなんだね」


わたし、鍵を握りしめて考え込む。


わたし「わたしはだあれ?」

黒うさぎ「それみたことか」

わたし「わたしはなあに?」

黒うさぎ「アリスだよ、アリス」

わたし「ちがう……と思うなあ」

黒うさぎ「じゃあ誰なんだい」


そこへぶたの姉、通りかかる。


ぶたの姉「ウサ子がカギを落としたって、誰か知らない?」

わたし「ブコ?」

ぶたの姉「あらまーいらっしゃいこんなとこまでよくきたねえ。みんな待ってたよ」

わたし「あのう、弟さんがいらっしゃいますか」

ぶたの姉「いるいる。妹もいるよ。ウサ子っていうの」

わたし「へえ、三人きょうだいなの」

ぶたの姉「ブヒがどうかした?」

わたし「『飛ばない豚はただの豚』って、どういう意味ですか」


ぶたの姉、考え込む。


ぶたの姉「ブヒがそんなことをね。ブコ・ブコ。……ふうん」

わたし「それで、どんな意味なんですか?」

ぶたの姉「自分のやれることをやらなくっちゃ何の意味も無いってことだね」

わたし「どうして、ぶたが飛ぶの……?」

ぶたの姉「それはブウ子にもわからない。考えた人に直接聞くか、自分の頭で考えることだね」

わたし「難しいなあ」


その時、真新しい扉の向こうからけたたましいノックが聞こえる。


ウサ子「ウサ・ウサ!はやくはやく!ウサウサウサウサ!」

わたし「ウサ子!そのドアの向こうにいるの?」


わたし、ドアノブをひねるが開かない。ガチャガチャと回しているうちに、てのひらから金色の鍵がころんと落ちる。


わたし「そうか!このドアの鍵なんだ!」


わたし、鍵を拾い上げる。そしてドアのカギ穴に差し込む。かちゃりと音がして、ドアが開く。向こう側に、桃色うさぎのウサ子が立っている。



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