第28話 売却成功


「なあなあ、もうちょっと正体を教えてくれたっていいだろー? 実は凄腕のスパイとか? 殺し屋とか? 一子相伝の古流武術の継承者だったりとかー?」


 沙門社長がしつこく聞いてくる。


「俺よりダンジョンに集中してくださいよ。っていうか古流武術は絶対ないでしょ、俺の父さんが武術やってるように見える?」

「……確かに。じゃあアレか、陰野博士が遺伝子操作で生み出したスーパーベビー!」

「俺の父さん生物学者じゃないし」

「じゃあ何なんだよ? 教えろよー!?」

「あんまり広めるべき情報じゃないんで」

「あーっ、そんな言い方されたら逆に気になるじゃねーかー!」

「俺はいいから……ほら、敵が!」


 巨大な鳥が、全身を電気でビリビリさせながら悠々と空を飛んでいる。


「何だ、ありゃ!? 見たことねえ魔物だぞ!?」


 〈サンダーバード〉か。かなりの強敵だな。

 普通の探索者パーティが戦えば全滅したっておかしくない相手だ。


「……無理そうだな。陰野も手ぶらだし……逃げるか」

「もう見つかってる。逃げるのは無理かも」

「ちっ。さっきの凄いやつ、もっかい頼めるか?」

「もちろん」


 急降下してくるサンダーバードを睨み、タイミングを測る。


〈時間流制御・加速〉タイムストリーム・アクセル!」


 高速の急降下でタイミングがズレた。境界で捕まえることができず、内側に入られる。

 それでも十分だ。狭い範囲にあいつを閉じ込めれば、自由に空は飛べない。

 案の定、サンダーバードは旋回したとたん不可視の壁に頭をぶつけた。


「〈サモン・アーチャー〉! 撃てーっ!」


 まともに戦えば強大な魔物が、なすすべなく射撃を受けて動かなくなった。


「……あっさり勝っちゃったよ。マジですっげーな陰野」

「じゃ、回収してくる」


 俺は時間の流れが戻る前にパパッと残骸を回収し、すばやく浮岩へと戻る。

 根本が電気のケーブルみたいになった羽が、何百本という単位でゲットできた。

 結構いい素材だったはずだ。


「うっひょおおおお! 見たこともない魔物の、見たこともない素材だ! しかも電気系だろ、需要が多そうだ! 幾らになるか想像もつかねえや! この調子でいけばすぐ借金を返せるぜ!」


 バックパックに詰め込まれた素材を沙門社長が嬉しそうに撫でている。


「ほんと、すげえやつが社員になったもんだぜ! 大儲けだ!」

「ちゃんと俺にも分け前くださいよ?」

「当たり前だろ! ほとんどお前のおかげなんだから! この俺は気前のいいことに定評があるんだ!」

「社長はもうちょっとケチになった方がいいんじゃ……」


 満杯になったバックパックを背負い、俺たちは来た道を戻っていった。



- - -



 なんとか無事に動いている社長のボロ車で、俺たちは山を下った。


「ところで社長、この素材を売る先は?」

「どうすっかなあ! 正直、この俺が取引してきた相手じゃ手に負えねえレベルの数と質だよ。未知の素材まで混ざってるし。なあ陰野、どこかに大口取引のアテあったりしねえ?」

「俺? あるわけ……あ、父さんに聞いてみよう」

「迷宮産業研究所か! あの陰野博士のところなら、確かに不足はねえな」


 父さんに電話で連絡してみる。


『大量の素材? しかも未知の素材まで!? もちろんウチで買うよ、予算はまだまだ余ってるんだ! 今すぐ持ってきてほしい!』


 二つ返事で買い取りをOKしてもらった。


「OKだってさ」

「よっしゃ! この上ないレベルの取引相手だ! うまいこと高く売りつけるぞ!」

「……あんまり父さん相手にぼったくらないでよ」


 高速道路の追い越し車線をかっ飛ばし、東京の都心へ戻る。

 俺たちは重警備の門を潜り、地下駐車場の搬入口へ案内された。


 シャッター扉が開き、巨大な地下施設が姿を見せる。

 旧来の科学っぽい機材ラインナップはそのままに、ファンタジーとSFをミックスしたような設備がたくさん増えていた。DE関連の研究設備なんだろうな。


「すっげー! うわー秘密基地みてえだ!」


 沙門社長がはしゃいでいる。わかる。

 俺も最初に見た時は同じ気持ちだった。


「待ってたよ、歩……じゃなくて、〈サモン株式会社〉の皆様。素材はそこに」


 台車にバックパックの中身を広げる。


「うわっ!? 見るからに凄いじゃないか! これは〈アイス・クロウ〉の素材だよね? 普通に倒すだけでも難しい魔物なのに、どうやってこんな量を確保したんだ!?」

「わが社の新入社員が、それはもうすごい大活躍っぷりでしてね!」

「おお! さすがは歩だ!」


 父さんが慣れた手付きで素材を分類し、電卓を弾いた。


「標準的な相場に照らせば、〈アイス・クロウ〉素材の合計額は三百と五十万円だね」


 三百五十万!?

 たった一回の戦いで、三百五十万も!? 一回やったら一年遊んで暮らせるぞ!?

 毎日やったら日給三百五十万円かよ!?


「もうちょっと上乗せできません? 普通はこんなに一式まとめて揃わないんじゃねえかって思うんですけど。このセットが三百五十万はちょいと格安すぎですよ」

「いやあ、相場で買い取るよう規則が決まっててさ、僕の力ではなんとも」


 驚いた様子もなく価格交渉が繰り広げられている。


「そこをなんとか……!」

「いや、でもねえ……」


 社長と父さんは長いこと価格交渉を続け、最終的に買取価格は四百万円になった。

 父さんが一方的に押されていた気がする。


「怒られそうで頭が痛いなあ……さて、気になる本題だけど」


 父さんが〈サンダーバード〉の素材を手にする。


「こっちは完全に未知の魔物の素材だね。すぐに値段が決められない。預かったあとに価値の鑑定を進めて、数日後に連絡する形になると思う。それでも構わないかな?」

「もちろんです。陰野博士に鑑定してもらえれば、絶対に間違いなしってもんですよ!」

「い、いやあ、それほどでも……じゃあ、この素材は確かに預かったよ」


 父さんは助手を呼び、素材を運ばせた。


「今日はありがとうございました! これからも素材がガンガン手に入ると思うんで、今後とも長い付き合いをお願いしますよ陰野博士!」

「こちらこそ。……そうそう、長い付き合いといえば……」


 父さんが俺を見た。


「この研究所に、いくつか歩のための試作DE兵器があるんだ。……強力すぎるからって、上に貸与を渋られてるんだけど……個人じゃなくて企業に貸す形にすれば、少しは説得しやすくなると思うんだよね。そこで、サモン株式会社さんに試作兵器の実戦テストを業務委託したいんだけれど、どうかな?」


 なるほどな。

 俺の異能は大規模なわりにちょっと決め手がない気もするし、そこをDE兵器で補えれば一気に強くなれるかも。楽しみだ。


「強力すぎる兵器!? もちろん弊社に任せてくださいよ! ぜひぜひ!」

「……沙門さんに貸すわけじゃないからね? じゃあ、そういうことで上に掛け合ってみるよ」


 俺たちは無事に商談を終えて、沙門社長のボロ車に戻った。

 いやー、ちゃんと素材がお金に換わりそうだ。うまくいってよかった。


「おい!」

「はい?」

「全部うまくいったみたいな顔してるけどな! この俺がダンジョンでDE棒をロストしてるの忘れてないか!? プラス三百五十万、マイナス一千万! まだ利益出てない! 未知の素材が幾らになるかも分かってねえしさ!」

「あれは沙門さん個人の赤字なんじゃ」

「会社の備品だよ! マジで資金繰りが詰まっちまう! 陰野の給料も出せなくなっちまう!」


 おい。


「……明日も潜る? 俺はまだ平気だけど」

「頼むっ! 力を貸してくれ! 後でなんとか恩は返すから!」


 沙門社長がすごい角度で頭を下げた。磨き抜かれた熟練の技だ。

 もう地面と並行なんじゃないか? 今までも頭を下げまくってきたんだろうな……。


「社長、よくダメ人間って言われません?」

「……い、一日目にしてもう威厳が……Bランク探索者なのに……」


 ま、悪い人じゃないんだろうけど。


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時間逆行陰キャ無双 十五年下積みした俺がダンジョン出現当時に戻ったら大活躍できちゃいました 鮫島ギザハ @samegiza

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