第18話 知らないはずなのに


- 2024年5月20日 -


 前回のバイトから少し経ち、父さんから”試作DE兵器が完成した”という連絡が来た。

 再びバイトへ向かうべく、電車を乗り継いで高尾ダンジョンへ向かう。

 今回は現地集合だ。毎回ヘリ飛ばしてもらうわけにもいかないよな。


 駅から数キロほど歩き、舗装路を外れて自衛隊キャンプへ向かう。


「お待ちしておりました!」


 自衛官たちが一列に並んで敬礼してきた。

 なんで? 何があった?


「こちらへどうぞ!」

「あ、あの、火田さん……でしたよね」

「火田陸士長であります!」

「何でみんな俺に敬礼したんですか……?」

「前回のダンジョン探査時の映像を見せて頂きました! 最初は高校生の動画を見て何になるのかと半信半疑でしたが、とても見事な攻略ぶりでしたので! 皆、陰野さんのような動きができるよう、いっそう訓練に打ち込んでおります!」


 ああ、教材にするって言ってたっけ。

 ちょっぴり照れくさいけど、参考になったんなら嬉しいな。


「では、本日もよい狩りを!」


 火田さんに敬礼で見送られながら、父さんの待つテントへ入った。


「待ってたよ。それじゃ早速、仕事の説明に入ろうか」


 父さんは頑丈な武器ケースを机に乗せて、中身を見せた。

 大量の放熱板が付いた筒状の武器が入っている。


「グリップを握ってDEを流し込むと、内部の回路が動き出して、先端から火炎が飛び出す。DE式火炎放射器の試作品だね。これの実戦テストを歩に頼みたいんだ」

「おお、ほんとにDE兵器だ……」


 まだまだ無骨で粗い作りだけど、間違いなく本物だ。

 兵器だから、ダンジョンエネルギーの供給源さえあれば誰でも使える。もちろんDEをたくさん興せる人が扱ったほうが強いけども。

 こういう兵器は軍隊とすごく相性がいい。ダンジョン攻略がグッと楽になるはずだ。


「なるべく大きなDEに耐えるよう作ったけど、歩の全力には耐えられないから、手加減して使ってね。その他は前回と同じだよ。まだ在宅勤務中の鷲田大臣も見るってさ」

『うむ。人類初のDEを使った兵器のテスト現場だ。是非とも見ておかなければな』


 まるっきり前回と同じってわけだな。

 俺は火炎放射器を構えてみた。けっこう重いけど身体強化があれば問題ない。


「じゃ、行ってくるよ」

「うん、気を付けて」


 キャンプを抜けてダンジョンに入り、胸元に映像配信用のスマホを仕込んでビデオ通話を繋げてから前回と同じ道を進んでいく。

 さっそく背の低い二足歩行の魔物と接敵した。ゴブリンだ。


「よっし、撃つぞ!」


 安全装置を外し、DEを火炎放射器に流し込む。

 シュゴオオオオッ、とガスバーナーみたいな勢いで炎が投射され、ゴブリンが一瞬で炭になった。


「いい火力だ!」

『ふう、ちゃんと歩のDEに耐えてくれたか。カメラで炭を写してくれるかい』


 ゴブリンの炭に歩み寄り、スマホのカメラを向ける。


「残骸がダンジョンに還ってない! そのままだ!」

『上手く行った! 原型を留めないぐらいの威力で攻撃すれば、細かい核からの切り離しをしなくてもDEの循環を防げる仮説は正しかったか! 炭のサンプルを回収して、違う魔物でも試そう!』

「了解っ!」


 ダンジョンを小走りで進み、魔物を見つけては火炎放射器をぶっ放す。

 ヒャッハー! 魔物は消毒だー!

 ……あ、ウィル・オ・ウィスプだ。火の玉に火炎放射器はダメだろうなあ。


『歩、あれに火炎放射器を撃ってくれないか? 何が起きるか実験したい』


 ウィル・オ・ウィスプに火炎放射器を浴びせてみる。空中に浮かぶ火の玉がサイズが大きくなり、通路がまるごと炎で埋まるぐらいのところまで巨大化した。


『そ、そろそろ止めたほうがいいかもね?』


 撃つのを辞めた瞬間、魔物が地中に沈んでいった。

 ……あ、そっか。そうなるか。


「DEをダンジョンに回収されちゃったな、これ……」

『そうか……ダンジョンはDEを生産するための構造物、ってのが定説だったね。なら、DEを十分に吸収した魔物はダンジョンにDEを戻すのか』


 せっかくこのダンジョンのDEを削ってきたのに、台無しだな。まあいいか。

 野良のダンジョンならコアの力はそんなに強くないだろうし、ダンジョンコアがボス化して襲ってきたって対処できるはずだ。


『順調だな。この調子ならば、ダンジョンコアの撃破を目指すのはどうだね? ダンジョンの数が減れば、自衛隊の負荷も減る』

「了解、このまま最深部を目指すことにする」


 通信の中継機を設置しながら、どんどんと深みへ潜っていく。

 ちょっとづつ魔物が強くなってきたけど、火炎放射器にかかれば問題はない。


 だけど、なんか……深すぎる気がする。

 ダンジョンの広さは強さと比例する傾向だ。ここのボスは意外と強敵かも。

 しっかりとDE削り作業をやったほうが良さそうだな。


 ……なんて思っていると、耳に着けたイヤホンからガンガンという音が聞こえてきた。

 部屋の扉がノックされる音だ。


『クソオヤジ! 私のピアスどこやった! おい!』

『静かにしなさい彩羽! 仕事中だ!』


 ん? 彩羽?

 聞き覚えのある名前だ。……ちょっと頭が痛い。


 俺はスマホを取り出し、ビデオ通話の映像を確かめる。

 そのときに変なところを触ってしまい、こっちから送ってる映像がインカメラに切り替わった。俺の顔なんか映してもしょうがないのに。


『はあ!? てめえ、人のもんを隠しといてその言い草かよ!? ふざけんな!』

『禁止だと言っているだろうが、なんだその態度は! こちらは執務中だと言ってるのが分からんのかバカ娘!』

『うるっせえ!』


 ガンッ、と扉が蹴り開かれる。コテコテの不良娘が鷲田大臣に食って掛かった。

 ……姿を見た瞬間、昔の記憶が瞬く。

 雰囲気はまるで違うが、間違いなく彩羽旅団のリーダー、イロハ・メソッドの発案者にして偉大な探索者だったあの彩羽さんだ。

 そういえば、彼女の名字って、鷲田……。


『彩羽! 出ていきなさい!』

『どうせこの部屋に隠してんだろ、返せよ……は?』


 彩羽さんが、カメラ越しに俺を見た。その瞬間、彼女の纏う雰囲気が変わる。


『君は……陰野か?』

「彩羽さん……?」


 どうして俺のことを知っているんだ……?

 まだ会ったこと、ないだろ……?


『ぐあっ! いってえ!?』

「痛っ!」


 ズキンと電撃みたいに鋭い痛みが脳を焼いた。

 痛い痛い痛いっ! なんだこれ! 助けて……!


『歩!? どうした!?』

『彩羽! 大丈夫か! そ、そうだ、痛み止めがあるから、ほら……!』

『いっ……ぐう、陰野……その迷宮には気を付けろ、特殊型コアが……異能を……』


 耐え難い痛みが、俺の意識を溶かしていく。

 だ、駄目だ……ダンジョンの中だぞ……こんな場所で、気絶なんて……。




- A.D.2042/5/20 〈クロノス・チェンバー〉-




「いよいよだな」

「ああ」


 無数のダンジョン素材を身にまとった怪物的なシルエットの異能増幅機械へ腰かけて、俺たちはほんの一瞬だけの休息を楽しんだ。

 壁を伝って砲撃と爆発の振動が伝わってくる。長くは保たない。

 数日後にはこの拠点も陥落するだろう。


「どの説が正しいと思う?」

「再構築仮説であってほしいと願ってるよ。俺たちが過去に飛んだ瞬間、世界は再構成されて、この未来は消える。それが一番だ」

「……私はむしろ、パラレルワールドであってほしいと思っているよ」

「彩羽さん?」


 意外な言葉だった。


「例え人類が滅びた歴史だとしても、歴史は歴史だ。もしも時間逆行地点から分岐が起こり、このタイムラインが抹消されれば、その全てが無かったことになってしまう。人類の気高い努力と犠牲の全てが存在しなかったことになる。寂しいと思わないか」

「……俺たちが忘れ去られることでみんなが幸せに暮らせるなら、それが一番だ」

「それが正論だと分かってはいるが、中々な」


 ダンジョンが開放されて、俺が探索者になってから、もう十五年が経つ。

 ……十五年の下積みだ。両親が殺されて訓練を始めた日から数えれば十八年。

 それだけの鍛錬を経て、俺はようやく自らの異能を扱える。

 長かった。


 中間ターゲットの”時空結節点”は十七年前だ。A.D.2024/5/20。

 この瞬間に検知された時空の異常を踏み台として、俺たちは〈魔王〉へ自爆特攻をかける。

 全世界の知性型ダンジョンコアを束ねる諸悪の根源だ。こいつを倒せば、ダンジョンが人類を滅ぼすほど蔓延ることはない。


「〈プロジェクト・クロノス〉実行まで、残り十二時間! 時間! 時間は来たれり!」


 ずいぶん興奮したアナウンスだ。自分でやらなくても機械音声でいいのに。


「集合時間だ。頼んだぞ、クロノス」

「冗談でも俺を神様扱いなんかするなよ」


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