第4話 別れ

私は、マナとメグミを部屋に呼び、こう言った。

「私、マナともメグミとも別れることにしたから」

「は? 急に何言ってんの? アイ、家を出るの?」

「いや……そういうわけじゃないけど……」

「じゃあ、私と別れるってどういう意味?」

「それは……」


マナが言うことももっともだ。

今の私は一人暮らしできるような状況ではない。

親も、一人暮らしするなら大学に入ってから、と言っている。

そして、私自身、自分が家を出ようなんて、これっぽっちも思っていない。


「まさか、私に家を出ろ、って言っているんじゃないでしょうね?」

メグミが噛みついてきそうな権幕で私に迫る。

「いや、そういうことでもなくて……」

私はだんだん及び腰になっていく。


マナは言った。

「アイ、どうしたの? 急になんでそんなこと、言いだすの?」

「そうよ、一緒に住んでて、何か不満があるならはっきり言ってよ!」

メグミも詰め寄ってくる。


私は言った。

「マナ。いつも英語の勉強に付き合ってくれて、ありがとう。とっても助かっているよ。でもね、マナが教えてくれることって、私でも分かっていることばかりなんだ。ごめんね……」

マナは、自分の英語力をけなされて、少し不愉快そうな顔をしたが、マナ自身にもその自覚があるのか、言い返してはこなかった。


私は続けた。

「それでね、私が勉強やピアノをさぼっているときも、いつも優しい言葉で、休んでいていいんだよって言ってくれて、それも嬉しかった。けど、私、マナのそういう言葉に甘えてしまって……」

マナの顔に、失意の色がありありと浮かんでいく。

マナは、私のよき理解者になろうとしていたのだ。

しかし、今、こうして私から拒絶されてしまっている。


マナは、反論しなかった。

アイを甘やかしすぎていた自覚があったのだろう。


私は言葉を続けた。


「マナは私に無理しなくていい、っていつも言ってくれるけど、やっぱり、ほんのちょっとは辛かったりきつかったり、そういうこともしないと成長できないと思うんだ。休むことも大事だけど、動くことも同じくらい大事だと思う。私、本当はもっと強くなりたい」


マナは黙ってうなずいてくれた。

私の決心を分かってくれたみたいだった。

こうして、私は前から言いたかったことをマナに言うことができた。


次に、私はメグミと向かい合い、こう言った。


「メグミ、私が練習をさぼっているとき、ちゃんとやらないとダメだ! って叱ってくれてありがとう。私は弱い人間だから、メグミみたいに強く言ってくれる人がいた方がいいのかもしれない」


メグミは、まさか私から「ありがとう」と言われるとは思っていなかったようで、目をぱちくりさせて驚いている。


「じゃあ、なんで私と別れようとするの?」


「私、もっと強い人間になりたい。メグミに言われなくても、自分でピアノの練習に向かえるようになりたい」


メグミは、不服そうにほっぺたを膨らませ、こう言ってきた。


「アイにはピアノ、上手になって欲しいと思って、それで言っているんだよ。ショパンの曲、私は弾けないけど、アイならできるって思っている。それで応援しているんだよ!」


「うん。わかってる。そして、私もそれは同じ。私も、もっともっとショパンの曲が上手に弾けるようになりたいって思っている。なにより、私が一番そう思っている。だって、私の人生だし私のピアノだから」


メグミは、「私の人生だし私のピアノだから」の言葉に、私からの皮肉を感じ取ったようだった。


メグミが私を応援してくれているのは本当だと思うし、そして、私にだけ買い与えられたピアノに嫉妬しているのも、やはり本当だと思う。

メグミは、何か言い返したそうだったけど、結局、何も言えずにいた。


しばらく沈黙が続いたが、メグミは私の気持ちを分かってくれたようだった。


「そう……いつか、こうなる時がくるとは思っていたけど……」

マナがつぶやいた。


「うん、私もね、いつかはこんなこと、言われるんじゃないかな、って思っていたんだ……」

メグミもつぶやいた。


「うん。そういうことだから……マナ、メグミ。今まで、ありがとう……」

私は、マナとメグミの顔をしっかりと見据えた。


二人は寂しそうな顔をしていたが、私は笑顔で別れたいと思った。

私は二人に向かってにっこりと微笑んでみた。

すると、マナもメグミも、私に向かって優しい笑顔を浮かべてくれた。

私は最期の言葉を告げた。


「さようなら、マナ……さようなら、メグミ……」


私がそう言うと、マナとメグミの姿は、だんだん見えなくなっていった。

消えていくマナとメグミの表情は、最後まで優しい笑顔のままだった。


こうして、私の前からマナとメグミは消えた。

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