第13話 夢

 闇が世界を支配していた。

 混沌と憎しみから生まれし、憎悪の塊。

 この世の悪と憎しみの具現化、闇より這出もの。

 空は裂け、地は割れ、海は干からびる。


 空の裂け目からその黒い物体は生まれた。

 山頂からそれを見守る英雄たちの前で、空は切り裂かれ絶望が舞い降りる。


 この世の破壊を望むもの。

 生きる者全てを憎悪し滅ぼし仮初の無を望むもの。

 光でも闇でもなく存在そのもが異質であり異端。

 魔族たちの真なる王。


 幾度も勇者に滅ぼされては時がたつとまた復活するもの。

 この世界に生がある限り、無に還すため生まれる、世界を憎悪する永久の存在。

 誰よりも生命を愛し、期待したがために、誰よりも生命を憎み、失望したもの。


 ――魔王の復活


 それは絶望の塊。この世とあの世の狭間に存在しているにも関わらず、この世に介在し、破壊を招いて全てを滅ぼしていく。


 この世界に絶望したものの呪いであり、生きる物の存在すら嫌悪する。


 あの世に存在するためこの世の存在である者の攻撃が届くことはない。


 魔王を倒すために必要なのはこの世とあの世を繋ぐ力をもつ勇者の力。


 勇者なき今この時代では魔王を屠る術がない。


「世界の終わりだ……」


 魔王を目の前に、英雄の一人がつぶやいた。

 

「これで世界は滅びる」


 別の英雄の騎士がからんと剣を落す。


「いえ――。まだです」


 そう言って空を見上げ皆を励ますように立ったのは光の選定人であり神の使徒。エルフの大賢者。茶髪の精悍な顔つきのエルフだ。


「大賢者様」


 英雄が彼の背に呼び掛ける。


「干渉できぬというのなら、干渉できるようにするまでです。まだ希望を捨ててはいけません。わが命をもって封じてみせましょう!!」


――そう。まだ術はある。干渉できるように、魂で魔王と繋がればいいだけの話。

  神とエルフで二重の魂を持つエルフの大賢者たる私ならそれが可能、一つの魂を魔王に捧げ、魔王との世界に魂でのルートをつくる。その魂のつながりをたどり、魔王に干渉し、魔王を勇者が生まれる時代まで封印してみせる、たとえこの命つきようとも!!!


 生まれてもなお貪欲に死した生命の魂を吸い込む魔王に、エルフの大賢者は魂の一部を捧げ、干渉を試み――



「大賢者様!!!」


 名前を呼ばれ、大賢者は目を覚ました。

 質素な木造作りの小屋。人間からもエルフからも隠れるためにひっそりと暮らしているその場所は大賢者が住むにはあまりにも粗末としかいえない場所。その小屋で寝ていた大賢者はベッドから飛び起きる。


「魔王は!?魔王はどうしましたか!?私が封じなければ世界がっ!!」


 慌てて、ベットから立ち上がり、走る痛みに大賢者は頭を抑えた。


「落ち着いてください!大賢者様!まだ今代の魔王は復活していません!!」


 一緒に暮らしている弟子にその体を支えられ、エルフの大賢者は急に現実にかえる。あたりを見回して、いつもの隠れ住んでいる小屋にいる事を確認して、瞬きをした。


「……ゆ……め?」


「大丈夫ですか? だいぶうなされていらっしゃいましたが」


 弟子に背中をさすられて、大賢者は息を整える。

 なぜか自分の姿をどこか他人事のように外から見ている夢を見ていた気がする。


 けれど、内容が全く思い出せない。

 とても大事な夢。

 自らが望んだ欲望?

 自らが恐れる恐怖?

 これからおこる未来?

 それともかつてあった過去?


 なにかは判別できないが、ただ言えることは『忘れてはいけない大事な何か』

 その夢を自分は見ていたはずだった。

 なのに何も思い出せない。


 大賢者は大きく息を吸って、そしてゆっくり吐いた。


「大賢者様?」


 不審に思ったのか弟子が大賢者を見つめた。


「胸騒ぎがします――もしかしたら新たな脅威の前触れかもしれません」


「まさか魔王が復活するということですか?」


「まだ確証はありません。ですが、魔王復活の兆しがあるのなら、私たちはそれを防がなければいけません。この時代には勇者は存在しないのだから」


 そう言って大賢者はマントを羽織り、歩き出す。

 世界の調停人。光の選定者として。

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