防疫と防国の聖女

Bamse_TKE

第1話



『OK?じゃあ、行きます。』


Youtubeの始まりはいつもここから。ゆらめく文字が画面下に現れる。


『始まりましたYoutube、異聞怪聞伝聞Youtuberのバムオです。』


定番の挨拶を怪しげなフォントが語り、木琴の物悲しいメロディーが郷愁をさそう。


『今回は日本の防疫に尽くした聖女のお話です。』


さて今回の動画はバズってくれるだろうか?


いつも定番、怪奇ネタ。封印してみた、変えてみた。ネタが探せず目についたのは、ぼくが住んでる街のタウン誌。どんなとこでもネタを探して、目指せいつかのインフルエンサー。


ぼくは異聞怪聞伝聞Youtuber。Youtuberを名乗るにはおそらく資格はいらないけれど、ぼくをYoutuberと認識している人はおそらく少ない。もちろん動画再生数はぼくの生活を賄ってくれるほど豊かではない。車いす生活ながらも年金収入プラスアルファでぼくを支えてくれる、割とチートなおばあちゃんがいてくれてこそのこの生活。ぼくが恩返しできる日まで、長生きしてねおばあちゃん。


今回ぼくは住んでいる街のタウン情報誌からこのネタを手に入れた。秋から春にかけて空気が乾燥しているとき、色んな地域で多発する流行り病、この病気を思い出すたびひどい熱とのどの痛みに苛まれた嫌な記憶がよみがえる。この冬の流行り病にはもちろん治療薬があるのだが、それよりもウィルスの感染する可能性を下げ、感染しても軽症で済むようにしてくれるワクチンがある。そのワクチン接種の啓発活動けいはつかつどうに努め、全国各地を飛び回って子供と高齢者のワクチン接種に尽力した人。人呼んでワクチンおばさん、ぼくもTVやワクチン接種のお知らせにて顔を見たことがあるような有名人だ。ワクチン接種と言えばこの人を思い出す人も多く、この人の顔を見るとワクチン接種の思い出が腕の痛みを伴って脳内に再生される。この人にちょっといやなイメージを持っている人も少なくなかろう。少なくともぼくはその一人である。たまたまタウン情報誌を眺めていたらその人の訃報ふほう、そして死んだ後にその功績を称える記事が載っていた。意外にご近所さんだったのね。最近ネタもないことだ、散歩がてら取材してみましょうかね。


ワクチンおばさんこと有部佳美あるべかみさんは薬剤師であったらしい。終戦直後あたりから薬剤師をやっていたらしくかなりのご長寿さん。病気らしい病気もなかったようだけど、晩年は足腰が立たなくなり老人ホーム入所、そこで最後を迎えたご様子。ではさっそくその老人ホームを取材してみますか。


老人ホームについたぼく、受付のおじさんにはわりとにこやかに話しかけたつもりだ。ぼくはわりと感じが良いと信じている、少なくともこのぼくは。しかしながらにこやかなぼくを受付のおじさんは

「親族ではない方にお話はできません。」

と文字通り取り次ぐ暇もなかった。暇?、島だっけ?

タウン情報誌の取材には答えていたくせに、Youtuberの質問には答えてくれない。ぼくは世の中の不条理を呪ってみた。仕方ないので老人ホームの周りをうろうろ、入れてもらえない建物中の様子を伺うぼくは通報される寸前だったかも知れない。そんなぼくに手を差し伸べてくれた人物がいた。

「あなたここで何してるの?」

背後から女の人の声がした。ぼくはようやく自分のやっていることのヤバさに気づいた。冷汗がどっと流れ始め、振り返る勇気が持てないぼくはなんとなく両手を挙げてみた。

「警察ではありませんよ。その手を楽になさい。」

穏やかで優しい声にぼくは見たこともないこの女性を信じることにし、そしてゆっくりと振り返った。なるほど、ぼくの想像通り優しそうな初老の女性が立っていた。そしてぼくが優しそうな人と考えたのは、その女性がいわゆる修道女の恰好をしていたからだ。修道女さんが優しいに違いないというのは悪魔でもぼくの個人的な見解ではあるが。修道女さんに悪魔でも?、なんだかおかしな文章になってしまった。なんにしてもその優しそうな修道女さんは困ったような笑顔で言った。

「ですから両手を下ろしてくださいな。」

ぼくはようやく自分が両手を上げ続けていたことに気づいた。


「そうですか、有部あるべさんのことをお調べになっておられたのですね。」

ぼくがここに来た目的を話すと修道女さんはこれ以上ないほど丁寧な言葉で話してくれた。どうやらこの修道女さん、時々老人ホームを慰問しており、入所している老人たちの悩みを聞いたりしていたらしい。

「わたしが知っている程度のお話ならしてもよろしいですよ。」

えっ、本当ですか?ぼくは我が耳を疑った。確か懺悔ざんげの内容は例え犯罪でも漏らしていけないのでは?個人情報保護以上に宗教上の厳しい掟があるのでは?ばち当たったりしませんか?

「お話しできる範囲のことだけですよ。それと映画等の情報を真に受け過ぎではありませんか?」

と優しく諭された。


ありがたい修道女さんとの出会いに感謝し、そのお話から得た情報と個人的に調べた情報をもとにぼくは動画作成に取り掛かった。有部佳美あるべかみさんは冬の流行り病専用ワクチンの選定にまで関わる、政府機関の要人でもあったようだ。だからあんなにワクチンを勧めていたのね。そして流行り病が発生した地域には必ず足を運んで講演を行い、ワクチンの重要性を説きつつ啓発活動を行っていたらしい。噓か誠か流行り病が発生する前に現地に赴き、預言者的な扱いまで受けていたとのこと。ちょっと行き過ぎたエピソードだがすごい人であることは間違いなさそうだ。ただ有部さんには悩みもあったらしい。その悩みは詳細に教えてもらえなかったが、有部さんが折に触れては呟いていた言葉を教えてもらった。

【最も救いのない悪徳とは、自らすべてを知っていると信じ、そこで自ら人を殺す権利を認めるような無知の、悪徳にほかならぬのである。】

意味不明、さっぱりわからん。ワクチンの副作用で死人でも出たのかな?あんまり聞いたことないけど。とりあえず含蓄がんちくのありそうなこの文言を動画のラストに入れてみた。我動画投稿す、故に我有り。我が動画よさあバズっておくれ。


信じられない光景をぼくは目の当たりにしている。伸びている、伸びているぞ動画の再生回数が。ついに苦労の日々が報われた。そんな思いで動画再生数を眺めていると、コメントも異常に多いことに気づいた。

『ワクチンによる有害事象は副作用ではなく副反応が一般的』

『ウイルス感染病?感染症だろwww』

『勉強してからUpしたほうが良いですよ。』

これらコメントはまだ好意的、ワクチンに対するぼくの間違いを指摘ていうか思い切りけなすコメント、医学的見地から動画の再編集あるいは動画削除を促すコメント、そして結構な数のワクチン反対派閥の罵詈雑言ばりぞうごん・・・

Youtuberはメンタル弱いとやっていけない、強く実感する瞬間ですな。それにしてもワクチン反対派閥って結構いるんだな。結構説得力ある言葉で、ワクチンの危険性を訴えてくる。なかには医学論文のリンクを貼ってくる反対派閥コメントもあり・・・、まあそんな論文読んでも理解できないけど。なんだか今まで疑うことなく接種してきたワクチンが、急に怖くなってきたぼく。そしてとうとうぼくと動画はそっちのけで、動画のコメント欄はワクチン推進派vs反対派の論争スペースに変わり果ててしまった。こんなにコメントが付いたのは初めてだけど、こんな恐ろしい言い争いの場になってしまうとはなんとも言えない感情がぼくを包み込んだ。Youtubeを閉じてSNSのダイレクトメッセージに目を移すと、こちらもどぎついメッセージがてんこ盛り。上位ランカーのYoutuberや有名なインフルエンサーはいつもこんな修羅の国に住み、そのどぎついコメントやメッセージに精神をすり減らしているのだろうか?そんな彼らより圧倒的に少ないコメントやメッセージにメンタルをやられそうなぼく、Youtuberとして上位を目指すにはまずメンタルから鍛えないとだめかも。


『この話はそんなに単純な話ではない。もっと恐ろしい真実をお前は知らない。』


ダイレクトメッセージのなか、唯一といってよい冷静なメッセージがぼくの目を引いた。というよりもきつすぎるコメントやメッセージに病みかけたぼくの目はこのメッセージに癒しを求めたのかも知れない。なんにしても気になるメッセージだ。せっかくだしどういうことなのか聞いてみますか。


先ほどのメッセージ主はぼくに動画リンクを送ってくれた。YoutubeだとBANされてしまう、やばい内容のなのだろう。知らない動画掲示板URLだ。高額料金請求?、個人情報大公開のわな?、色んなリスクを感じさせるリンク先だが前に進まないわけにもいかない。焼酎をがぶりとあおり、根拠のない万能感と朦朧もうろうとした判断力を手に入れ、ぼくはリンクをクリックしてみた。


クリックしたリンク先にはメッセージ送り主が投稿したであろう動画が映し出されていた。指定されたワンタイムパスワードを入力、一度しか再生できないシステムのご様子。さらに定期的に動画がちらつくのは画面録画を防止する対策と見た。多分スマホで録画撮影しても、ノイズが入って何が映っているのかわからなくなる代物だ。この動画録画はおろか複数回見ることもできない、そんなにヤバい内容なのかしら?動画は音もなく進み、まずは有部佳美あるべかみさんの経歴から始まった。この動画では主に新聞や雑誌の切り抜きを視聴者に見せるやり方で、時々画面下にコメントが入る。有部さんの経歴紹介が流れた後、とつぜん大きな文字が画面上に浮かび上がった。

『もうここからは引き返せない。』

ぎょっとする演出だ。以後動画編集の参考にしよう。


まず一枚の新聞記事が浮かび上がる。ずいぶん古めかしい新聞だ。記事にはこうあった。

『国際的人身売買組織一網打尽。』

へー、平和な日本でも昔はこんな恐ろしい話があったのね。この記事を要約すると、外国から来た人さらいたちが日本の地方都市に来て、あれこれ準備して誘拐計画を立てている間に、例の感染症にかかってしまった。そして彼らは高熱で弱っていたから簡単に捕まっちゃったわけだ。人さらいが人をさらう前に自分たちがお縄とはなんとも間抜けなお話。そして並ぶように表示されたのはこの事件が起きた半月前、有部さんがこの事件が起きた地方都市でワクチン啓発の講演をやったことが掲載されている地方新聞だった。この新聞には鬼気迫る勢いでワクチンを勧める有部さんに説得され、多数がワクチン接種を受けたことが記されていた。そして国際的な誘拐犯が捕まったころと前後して、誘拐犯たちも感染した流行り病がその地方都市を襲ったようだ。ワクチン接種者が多かったため重傷者はごくわずかであったようだが、数名の死者が出たことを先ほどの地方新聞は半月後に報じていた。なるほど、こんな話があったから有部さんに神がかり的、預言者的なエピソードが生まれたのね。まるで感染流行を予知していたような。


続いて動画上に現れた新聞記事は先ほどのものよりも新しく見えた。そしてその新聞にはこうあった。

『行方不明であった外国船乗組員発見。』

ああこのニュースなら聞いたことある。無人の外国船が日本海沿岸で発見されその乗組員が1か月以上見つからなかった事件だ。当時マスコミは当該国とうがいこくに遠慮して外国船乗組員と呼称していたが、ネットでは特殊工作員とうわさされていた。ああ、この人たちも熱を出して、おそらく偽装ぎそうした保険証で病院を受診したところを一網打尽にされたわけだ。さきほどの事件と言い、この事件と言いワクチン接種率の低い外国人は例の感染症に弱いな。ぼくの感想とは関係なく動画は進む。続いて動画に流れたのは、TV番組でどうやら外国船乗組員たちが潜伏していた地方都市のローカル番組の様子。なんと有部さんこの番組でも熱弁を振るい、ワクチンの重要性を説いている。そしてこのTV番組放送してから3週間後、例の感染症がこの都市で大流行、この時も近隣の高齢者施設で数人の死者が出た模様・・・


動画の締めくくりは手書きのメモだった。

『感染症学者どもが再びその感染症を呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろう。防疫ならぬ防国のために。』

動画はこのメモで締めくくられ、そのまま消えた。たいして暑くもないぼくの部屋で、びっしょりと冷汗に濡れている自分に気付いたのは、とっくに止まった画面に飽きたPCがスクリーンセーバーを描き始めてからだった。


すごい内容に腰を抜かしつつ、汗だくの洋服をなんとか着替えたぼく。急いで先ほどの動画を教えてくれたメッセージ主に連絡を取ろうと試みるも、すでにそのアカウントは消去されていた。ぼくが動画を視たのを確認し、その姿をくらましたのだろう。それほどヤバい内容だ。とりあえずぼくの感想をまとめてみた。

・例の感染症は狙った地域で人為的に流行らせることができる。

・そしてその感染症はワクチンを打っていないやからを炙り出すのに利用される。

・ただしワクチンを打っていても一定数、無辜むこの犠牲者が出る。


ぼくの仮説が正しかったとして有部あるべさんはこの、なんだろう【事業?】【作戦?】のどの部分に関わっていたのだろうか?

感染症を流行らせる実行部隊?

それともそれを指揮監督する立場?

そしてその感染症が流行る前にワクチン接種を推し進めていたのは、彼女なりの医療者としての善意だったのだろうか。一人でも罪のない犠牲者を減らすための。


【最も救いのない悪徳とは、自らすべてを知っていると信じ、そこで自ら人を殺す権利を認めるような無知の、悪徳にほかならぬのである。】


修道女さんに教えてもらった有部さんの口癖。なんとなく意味が分かった気になっているぼくがいた。このなんとも恐ろしい話を知ってしまったぼく、外出時のマスク着用と帰宅後の手洗いうがいを固く誓いながら震えを堪えることにした。

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