落葉をあつめて、眠る。
畑るわ
あたたかいミルクとライ麦
『…おや、どうしたんだい。
こんな寒いなか、暗がりで丸まってちゃ凍死しちまうよ。
こっちへおいで。大丈夫、私のマントの中はとても暖かだから。
きみの体もすぐ温まるさ。
…なに、自分は汚いだって?
そんなに綺麗な瞳をしていて、何が汚いって言うのさ。
そもそもこのマントも綺麗じゃ…おっと、逃げないでおくれよ。
…体の震えは止まったかい?
そしたら、温かいミルクを飲むと良いさ。
私は魔法が使えてね、この瓶を一振りすると、中身はたちまちミルクでいっぱい!
ほら、少しずつお飲みなさい。
急がなくても私のミルクは無くならないから、ゆっくりゆっくりお飲みなさい。
あら、こぼしているよ。
今拭くから待ってな。
…あっはっは!
そうさ、このマントはこうやって使うから、たくさんの子のこぼした何かが、たっぷり染み込んでいるのさ。
体が温まっておなかが膨れたら、眠くなってくるだろう。良い調子だよ。
ほら、私のマントの中でお眠りなさい。
次に目を開ける時、きっと世界は少しあたたかいー…』
少女が目を覚ますと、いつも通りの光景が目に入る。
90度に傾いた景色。腐食し始めている木の床。転がった空っぽの茶色い瓶。
カビ臭いボロ小屋に、肌を切るような冷たい隙間風が入り込み、少女は思わずくしゃみをした。
肌にかかっていた布を引っ張り、冷え切った体を包んだが、自分一人の持つ体温では一向にあたたまらない。
ふと光を感じて顔を上げる。
いつも閉め切られていた窓が、ほんの少しだけ開いていた。
父親は、窓を開けるなと、いつも怒鳴っていた。
窓を開けると、家の陰気が外に出て迷惑だから、絶対に開けるなと。
少女はボロ小屋から出たことがなかった。
カビ臭い、小窓のついたこの小屋が、彼女の世界のすべてだった。
気づくと、少女の手は窓に伸びていた。
何かに優しく支えられるように、ゆっくりと、しかしまっすぐ少女の手は窓のふちを掴む。
ギシギシと、今にも壊れそうにきしむ窓に怯えつつ、少女は小窓を開けた。
サッと朝日が差し込み、その眩しさに思わず少女は目を隠す。少女にとって光は、父親が帰ってくる合図だった。
…どのくらい時間が経っただろう。
指の隙間から差し込む光に慣れ始め、恐る恐る瞳を開く。
町は穏やかな朝を迎えたようで、人の声や馬の通った後の砂埃、そして焼きたてのパンの香りを少女は感じ取った。
ボロ小屋は2階部分で、少女は部屋の陰気が漏れていないかと外を歩く人の様子を見ていたが、少女に気づくものはいなかった。
途方に暮れたまま、ぼんやりと外の様子を眺めていると、突然丸いものが下から飛んできて、彼女の頬をかすめ、部屋の中へ転がる。
無意識に窓から顔を隠し、おそるおそる下を覗く。
強い癖っ毛の、少女と同じくらいの年齢の少年がこちらを見上げて口を開けていた。
「、、、!」
「…しめろ…?」
少年の口が何度も開閉し、小さな動きで窓を指差す。
やはり陰気は漏れていたのかと、彼女は慌てて窓に手をかけると、少年は急かすように手をくるくる回す。
「、、、、!」
「え、なに…」
「、、、!」
「か、え…!」
少女はがしゃんと窓を閉め、転がっていた球体を手に取りボロ布につつむ。
大きめの布を引っ張って全身を覆って寝転ぶと、ぎし、ぎしと床から振動音が伝わる。
いつもは嬉しいこの音が、今日はひどく恐ろしく思えた。
ガタ、と建て付けの悪いドアが開く。
父親の持つランプだけが、その部屋で明るく光っていた。
父親は疲れていたのか、上着を部屋の隅にかけた後、荷物を下ろしてすぐにベッドに横たわる。
ベッドは父親の所有物であり、少女が触る事は許されていなかった。
父親の寝息が深くなったのを聞き取った後、少女は音を立てないよう、ゆっくりと抱えていた布切れの中身をのぞいてみる。
投げ入れられた球体は、カチカチになった黒パンだった。腐ってはいないようだが、焼きたてとは思えない固さだ。
無臭の球体に鼻を近づけると、穏やかなライ麦の香りが肺いっぱいに入り込んでくる。
もしもこれがふかふかの焼きたてパンだったなら、きっとその香りはボロ小屋いっぱいに充満していただろう。
少女は、固い黒パンを抱きしめる。
ぺろりと端をなめると、部屋の埃と、少しだけ優しい麦の味がした。
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