#ナニカを乗せて走ってた
海野しぃる
完全にやっちゃってんな
深夜の峠道を女の子と二人。
なんて言えば聞こえは良いが、正直言って今の俺は生きた心地がしない。
後部座席で外を見ている彼女の方を、バックミラー越しにチラリと見る。
「
彼女は俺の方を見ていない。窓の外を眺めている。だが俺の視線に気づいていた。
なんだこいつ。なんなんだこいつ。
今すぐ放り出してしまいたい。だが今更放り出すのも怖くてできない。
「え、あ、ああ。大丈夫かなってな」
「大丈夫ですよ。身体も温まってきましたから。せっかくですし峠を降りるまでお喋りしましょうよ。運転の邪魔になりますか?」
彼女は、親しげに話しかけてくる。気味が悪いくらいに。
こちらの方は見ていない。防寒コートのフードを目深に被っているせいで顔は見えない。
違う。顔が見えないのはそのせいじゃない。
どうして、どうしてこんなことに。
「矢賀さんって、やっぱり車とか趣味なんですか?」
どうして、こんなことになったんだっけ?
思い出そう。振り返ろう。振り返るな。家に帰りたい。今までのことを――思い出す。
*
俺は真冬の峠道を夜中に走って、家まで目指していた。物好きだとは思う。
だから車で走ると気持ちがいい。自分だけの道を走っている特別感ってやつ。冬用装備は少し高かったが、非番の平日にニセコまで日帰り旅行ができるのはちょっとした幸せってやつだ。あとは家に帰ってベッドに潜り込むだけ。
肌に伝わる心地よい振動。ラジオからは大雪のニュース。視界は夜の闇が三、降り注ぐ雪が七。穏やかな深夜。雪が何もかも包み込んで
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?」
嘘だ――突如、俺の視界に人影がポップした。
右足でブレーキを思い切り踏み込んだ。助手席に置いていたお菓子が勢いよく吹っ飛んでダッシュボードに激突。シートベルトが俺の身体をみちみちと縛り付け、ゴッゴッゴッと音を立ててブレーキが。自慢のタイヤは勢いよく凍った路面に食らいついた。
車は冬タイヤのCMみたいに人影の目と鼻の先で静止。買っててよかったブリザック。
「と゛う゛し゛て゛そ゛ん゛な゛こ゛と゛す゛ん゛の゛!?」
けどふざけるな、殺すところだった。鹿や狐ならギリギリわかるが人はねえだろ人はよお。やっちまうかと思ったじゃん。
ってかよく見たら女の子? 服はしっかり着込んでいるけどなんで徒歩? ここ峠道。すわ犯罪か?
「あけてください! あけてください! あけてください!」
女の子が必死の形相で指をさす。その先、道の脇、ヤブの中。ひっくり返った車が見えた。
オーケー事情はだいたいわかった。これあれだ。事故ったな? やばいよな? 連絡手段もねえんだな? 完全にやっちゃってんな?
「分かった。分かったから落ち着いて、寒いだろ」
俺はドアを開けて、彼女を車の中に入れた。外は氷点下。野ざらしというのも後味が悪い。
「助かりました! スマホがつながらなくて!」
「ああ、困った時はお互い様だから。とりあえずどこ電話したらいい? JAFとか?」
「えっと……ど、どうしましょう番号わからないんです」
車に乗せて気づいたが、最初に見た時よりも子供っぽい顔をしている。防寒着をしっかり着込んでいるせいで分からなかったが、下手すると二十歳かそこらかもしれない。
「あ、ああまあ覚えてないもんだよな。良いよ。とりあえずJAFに電話しとけばなんとかしてくれるだろうから……」
と、そこで気づく。
俺のスマホもつながらない。
「あー、くそっ、格安スマホってのはこれだから」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい!」
「君には言ってないから、大丈夫だから。無事に帰れたら俺たちドコモのスマホに変えようか。それはそうと君じゃ呼びづらいな……名前は?」
「
「俺は
「ありがとうございます! お願いします!」
そう言って彼女が頭を下げた時、妙なことに気がついた。
彼女の顔だけが照明の具合のせいかバックミラーに映ってない。
慌てた勢いで、俺、何を乗せた?
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