……ぁ


 ユウが目を覚ますと、ママの姿がなかった。

 眠い目を擦り、姿を探すと、自分の布団がこんもりと膨らんでいるのに気づく。


「ママ?」


 布団を捲ると、スカーレットは幸せそうにユウの股を枕にして、眠っていた。

 いや、昇天していた。


「……ん、すぅぅぅ……はぁぁ……っ。もう、朝かしら?」


 ぐりっ、ぐりっ、とスカーレットが鼻っ柱を擦り付ける。

 敏感な場所を温かい口元で刺激され、ユウは体がビクついてしまった。


「ママ。早く、起きて」

「んー……。起きたくない」


 すると、今度は顔全体を埋めてくる。

 腕は腰に回され、逃がさないようにガッシリと掴んできた。


「ママ、変だよ。昨日はいきなり泣いちゃうし」


 スカーレット。もとい、クイーンは愛情がだだ漏れしていた。

 プライドの高い女王様が、従者のグリッドに愛しい男の子の気持ちを横取りされたのだ。

 ならば、ユウの気持ちをちょっとでも自分に傾かせるため、我慢などせずに愛をぶつけていこう。


 と、スカーレットは一晩考えて、結論が辿り着いたのだ。


「ママだって寂しいもの。ユウくんが、他の女の子に夢中になって。ママの事なんて相手にしてくれなくなるなんて。耐えられないわ」

「……あ、ま、……今は……」


 男の生理現象である。

 クイーンは本来、男女の性別ごときに、どうこう思うような質ではない。


 男が下半身を元気にさせていれば、「汚らわしい」と即座に殺すだろう。

 事実、そういう輩は、当の昔にこの世を去っている。


 ところが、現在。


「……ふぁ、ぁ、……ユウくん。……これ」


 スカーレットは布団の中で、メスの顔になっていた。

 いきなり敏感な場所を顔で擦られ、ユウは口を押える。

 その様子がますますスカーレットのメスの心に火を点け、口を開いた。


「――ちょぉ、っと! 待った! スカーレット様! あたし! あたし、いる!」


 その横で淫靡な光景を見ていた従者は、立場上ストップをかけた。


 *


「行ってきます!」

「は~い。行ってらっしゃい」


 笑顔で手を振る姿は、さながら母というより、一人の女だった。


(スカーレット様、愛情が爆発してるよ。やっぱ、男に免疫ないと、こじれるのかなぁ)


 グリッドや他の従者は知っている。

 スカーレットは、全く免疫がない。

 だから、自分に寄せられた好意を必要以上に、重く受け止める所があった。


 スカーレットは世界中で人や獣を殺しまくった、恐怖の大魔王。

 その時の姿は、今と何一つ変わらない。

 人間年齢で言うところの、『何百歳』という年齢に達している。

 しかし、その間に男の経験がないということは、何百年もの間、『処女』なのであった。


 ゆえに、男相手にどういう距離感で接していいか、全く分かっていない。

 それどころか、順調にこじらせて、歪な愛情を育んでしまったご主人は、日々愛情と劣情が膨れ上がっているのである。


(ユウくんに恋しちゃってから、変な知識ばかり詰め込んで)


 性知識が豊富で、処女の美魔女。


(一人で発散する事も知らないから、もう取り返しがつかない所までいってるんだろうなぁ)


 げんなりとした表情で、グリッドはバイクを走らせる。


 今日は早めに出る事ができたので、道路は空いていた。

 地方都市は、大都会に比べたらまだマシだが、時間帯を間違えれば通勤ラッシュに遭ってしまう。


 なので、早めに出る事で混雑を回避していた。


(どうしよう。あたしも、ユウくんが大事だから。ちょっと手を打たないとなぁ。もし、妊娠でもしたら、もう、……もう、……大混乱だよぉ)


 主人の事に悩みながら、赤信吾で停まる。

 疎らに一台、二台の車が走る程度の十字路。


 欠伸をかみ殺し、対向車線からくる黒いワゴン車を見つめた。


「あれ? 赤信号じゃん」


 黒いワゴンは赤信号なのに、信号を無視して走ってくる。

 警察はおらず、青信号を走る車が先に行ったから衝突は免れた。


 だけど、そういう問題ではなかった。


 ワゴン車は助手席が開くと、何かが飛び出してくる。


 ――バットだった。


「……ぁ」


 という間に、グリッドの頭部がフルスイングで振り抜かれた。

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