第一話『鷹がトンビを産んだ話』
定年を迎えた父は、尚僕達家族を養う為に働き続けてくれた。職種は流石に言えないが『先生』と呼ばれる人で、尊敬する人が沢山いた。自慢の父だ。
僕だって子供の頃は父と同じ職業を『夢』などと語っていたものだ。その通りになれば、良かっただろうに。
運動が苦手な僕は、父とキャッチボールをする事すら敵わなかった。
トンビが鷹を産むなんて言葉がある。まさにそれの逆なのだと、僕は思っている。父は『先生』と呼ばれ、母もまた田舎町の出ながら専業主婦として、そうして今はパートもしてくれている。
妹は数年前に結婚して、今は自分とは違う姓を名乗り、子供も産んだ。
はてさて、僕はどうだろうか。何も出来ない、グズのまま三十もそこそこに越える歳になった。グズの内訳はこれからいくらでも出来る。
笑いものにするのはもうちょっと待って欲しい。そのうち、腐る程出てくる。その時、僕を殺す程に叩いてくれると冥利に尽きるよ。
第一話にして体裁が崩れていくが、このお話は忘れられない沢山の事柄、良い意味で言えば思い出、悪い意味で言えばトラウマを、覚えている限り切り取った物だ。
それの終わりが、いつになるかは分からない。
記憶に残っているあらゆる日々を切り取った、いつ終わるかも分からない『僕』の物語。
生まれた瞬間を覚えていれば勿論それも書いたが、それは分からない。何せ僕は凡人。もしくはそれ以下の人間だ。
特別、何かしら特異な記憶能力があるわけではない。
良くわからないが、性質として少しだけ変な物覚えが良いだけ。
母や父が運転する車に乗って移動する度に、北海道某病院の前を通ると「此処が『◯◯』の生まれた病院だよ」と何気なく、いつも口にする。
何度も何度も通って、何度も何度も聞いた話だ。
だけれど僕はその病院の名前しか知らない。場所はいまいち、覚えてはいない。
それでも、僕が生まれた日と同じ日に、僕と同じ苗字で、同じ名前の読みの女の子が生まれて、取り違えて騒ぎになったなんて話だけ覚えている。もうその話を聞いたのは二十年以上前だ。
そんな感じの、記憶力。
愛されて育った。それは間違いない。それ以上に甘やかされて育ったという方が正しいのかもしれない、現に母は「私が甘やかしたから」と何かと言い争いの度に口にしていたのだから。
けれど、それらの環境を憎み恨んだ事は、神に誓っても足りない程に、無いと宣言したい。悪いのは正しく僕だ。母や父や妹、もう亡くなった祖母の責任等一つも無いと心から想っている。
性善説や性悪説という言葉があり、環境によって人間の性格は構築されるなんて事も聞く。正しいかは分からないが。
あえて、このお話では物事について詳しい話を調べる事はしない。
ある程度の記憶の事、例えば『生家の庭に生えていた"オンコの実"をつける木の名前を忘れたから名前を調べる』くらいの事はするが、間違っていたり身の回り以外で知らない事柄については知らぬまま、思うまま書こうと思う。
そうだ、思えばあのオンコの実をつける木がイチイの木だと知ったのも、生家が取り壊され、あの立派な、外壁にもたれかかっていた松の木なんかが切り倒されてからだったな。
まだ中学やそこらの頃に、怒りに任せ何度も何度も庭のイチイの木を木刀で打ち付けた事を、悪く思っている。イチイの木に出会ったら、頭を下げたい。
イチイの木は、それでも折れずに、生家が取り壊されて、その木もまた取り除かれる最後まで実をつけていた。
周りがネットリと甘く種に毒があるオンコの実をつけるイチイも、外壁から歩道にポトンと、人に見せたならば自慢出来るような松ぼっくりを落とす、生家よりも高かった松の木も、今はもう無い。
こんな風に、語る時系列はバラバラになるかもしれないが、それは愛嬌として欲しい。きっと僕が指定している読者である、貴方達には分かるはずだから。ふわりと遊びに来た貴方には、ごめんなさい。だけれどきっと、僕という人物のお話は、パズルを埋めるように出来上がっていくはず。
記憶が湧いて出てくるのだ、忘れている事も沢山あるが、イチイの木の下のプランターに植えられたマリーゴールドの花を、父が『ゴリーマールド』と呼んで大笑いした話なんてのは、時系列の何処に入れたらいいのか分からない。
それでも残して置きたいのだ。
物語はもう始まっている。とうに始まって、終わりにすら向かって、もう始まりよりも終わりの方が近いだろう。
だから、僕が出来る事は書き綴っていく事だけだ。
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