第21話

 部室にいる人は二年生の「山田やえ」先輩で……、俺は一度も会ったことないからよく分からない人だった。でも、みんなの話を聞くと…あんまり部室には来ない人に見える……。あの水原さんが名前すら思い出せないほどなら、どれくらい部室に顔を出せなかったんだろう……。


「やっぱり……、こうするのがいいかも」

「はい……?」

「ずっと言えなかったけど、私は樹くんと手を繋ぐのが好き。昨日、ちゃんと話してよかった」

「は、はい……」


 微笑む白雪さん、そして俺たちは部室の扉を開ける。


「あれ……? 委員長……、先輩いないけど?」

「えっ? 確かに、今日部室に行くって……下駄箱の前で話したから……」

「ふーん。そうだったの? でも、あの先輩……普段からずっと勉強ばかりしてるから、あんまり話したことないよね。声も忘れちゃった」

「てか、水原は普段から彼氏と遊びまくるから会えないのが当然だろ……。俺と白雪はたまに先輩と話したから」

「チッ……」


 二年生の先輩か……。

 そういえば、あの人も俺より一つ上の人だったよな。高校を遠いところに選んだからもう会えないようになったけど、永遠に会いたくないから……この世から消えてほしい。あの人のせいで、俺がこうなってしまったから……。今も、先輩という単語に少し手が震えている。


「どうしたの? 樹くん、手が震えてるけど……?」

「えっ……? いいえ。ちょっと……なんっていうか……、こうやってずっと手を繋ぐのが初めてで……。緊張してます」

「そう……?」


 でも、もう昔の話だから……忘れたい。忘れたい……。

 今は彼女と友達がいるから……、何も心配しなくてもいい。


「ちょっと……、トイレ行ってきます」

「うん」


 変なことを思い出した俺にため息をついて……、階段を降りる時だった。

 すぐ前から階段を上る人と肩がぶつかってしまって、彼女が持っていた本が階段に落ちてしまう。


「あっ……、す、すみません!」

「いいえ……。こちらこそ……、前をちゃんと……」

「えっ……?」


 どうして……、この人がここにいるんだ……?

 信じられなかった。

 やっとあの人から解放されたと思ってたのに……、ここでまた会えるとは……。なぜか、すぐ言葉が出てこなかった。なんって言えばいいんだ……? 目の前の人、その人の顔が、ずっと俺をいじめてきたあの人とそっくりだった。


「あの……、すみません」

「い、いいえ……。大丈夫ですか……?」

「はい……。あの……、もしかして」

「はい?」

「ミステリー研究部の人?」

「ど、どうして分かります?」

「この階段を使うのはほとんどうちの部員しかないので……」

「は、はい……」


 でも、言い方とか……メガネをかけていることとか……。

 顔はそっくりだけど、まるで別人みたい。


「あっ、本! 拾います! すみません」


 そしてそばから本を拾う彼女と手が触れてしまった。

 ただ手が触れただけなのに、それがすごく怖くて……すぐ俯いてしまう。


「あの……、手がすごく震えてますけど……? 大丈夫ですか?」

「は、はい……。ちょっと……、いいえ。なんでもないです」


 別人かもしれないのに、どうしてこんなに手が震えてるんだ……?

 でも、その顔はあの人と……そっくりだから、見るだけで恐怖を感じる俺だった。

 何も言えない、何も聞けない……。


「雨霧……くん?」

「は、はい……」

「怖がらなくてもいいよ。私はと違うから……」

「はい? あの……、その話は……」

「ふふっ」


 わけ分からない話をしてから、あの人は部室に向かう。

 じゃあ……、俺とぶつかったあの人が山田やえ先輩か……。そしてその「怖がらなくてもいい」は一体……、しかも、俺のことを知ってるような言い方だった。あの人とそっくりの山田先輩は……、一体どんな人だろう……? それを聞く前に、一応トイレで冷静を取り戻した。


 ……


 結局山田先輩にその話を聞けなかった俺は、そのまま白雪さんと家に帰ってきた。

 今日は……俺の方から甘えたくなる。

 白雪さんの温もりが欲しい……、あの人を頭の中から追い出すためには……誰かの温もりが必要だった。なぜか、消えないあの記憶を一つ一つ思い出してしまう。もっと強い何かで、あの記憶を押し潰す必要があった。


「あれ……、今日はめっちゃ甘えてくるよね? どうしたの?」

「……し、知りません。なんか……、今日はそうしたいっていうか……ダ、ダメですか?」

「ううん……。気持ちいいから、私に甘える樹くんもめっちゃ可愛い……。ねえ、樹くんの全ては私の物だよね?」

「は、はい……? 全てってなんですか……?」

「身も心も……そういうこと」

「えっと……」


 なんか、その話に「はい」と答えないと……いけないような気がした。

 すぐ離れていきそう……。


「はい……。だから、今は甘えさせてください……」

「じゃあ、今日も私とエッチなことする?」

「……はい」


 あの人を思い出すだけでつらい……。

 白雪さんの温もりがあの人を消してくれれば、俺もそれでいいと思う。俺にとって白雪さんの物になるのが、あの時の苦しい記憶から逃げられる唯一な方法だった。何も思い出したくないのに、ずっと馬鹿馬鹿しい選択ばかりだ……。


「もっと……私に恥ずかしい声を聞かせて……。樹くん」

「…………っ」

「私たち、ずっと……一緒だよね? 樹くん……」

「はい……っ」

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