第2話

 元々、俺は本を読む人じゃなかった。

 ただ、本を読むと作者が作った世界に入れるから……それで一時的に現実から逃げるのができて、いつの間にか本を読んでいた。それが本を読む魅力じゃないのかと思う。何かに夢中になったことがないからこそ……、俺はその世界にすぐハマってしまうのだ。


 そして学校が終わると誰もいない家に帰る。

 また部屋で本を読む。


「ちょっと……、雨霧くん」


 放課後、白雪さんが俺を呼び止めた。


「はい……?」


 あの白雪さんが教室で誰かに声をかけるなんて、それだけで周りの人たちがびっくりしていた。


「ちょっと……、話があるからついてきて」

「ここじゃダメですか?」

「うん」


 それは俺に何かを話したいって顔……。

 すぐ帰る予定だったけど、今日は寄り道をすることにした。どうせ、家に帰ってもやることないし……。わざわざ俺を呼び止めて「ついてきて」と言うくらいなら、白雪さんなりに何かがあるんだろう。


 そして白雪さんは俺を部室に連れてきた。


「それで……、俺に用でも……?」

「雨霧くんは確かに、考えてみるって話したよね?」

「そう…ですけど?」

「じゃあ、これは何?」


 スカートのポケットから、見慣れた入部届を取り出す白雪さん……。

 それは俺が部室から出た時に捨てた入部届だった。


「それは…………」

「気に入らなかったら、素直に話しても構わないけど……。こんなやり方はちょっと嫌かも……」

「すみません……。上手く断る方法を知らないから……」

「ふーん。でも、雨霧くんを叱るために呼んだわけじゃないから」


 先まで俺が捨てた入部届で怒っていたはずの白雪さんが、なぜか持っている入部届をゴミ箱に捨てた。そして部室の扉を閉じた白雪さんが俺を壁に押し付ける。いきなり変な展開になってしまって、俺はそのまま状況を把握することにした。


 じゃあ……、どうして俺を部室まで連れてきたんだ……?


「あの……、白雪さん?」

「うん」

「今……、何を……?」

「入学してから三ヶ月。私は知りたかった……」

「はい?」

「なんであの人はいつも一人で本を読んでるのかな……って、だから雨霧くんのことが知りたくなった」

「…………そうですか? あいにく、俺はただのぼっちです。白雪さんがわざわざ知りたいって言うほどの人ではありません」

「ちょっと……」


 どんどん近づく白雪さんが、片手で俺の前髪を後ろに流した。


「ふーん。意外と、カッコいいじゃん……。わざわざ隠してるの? 顔」

「いいえ……。ただ伸ばしてるだけです」

「もう一つ聞いてみてもいい?」

「はい」

「どうしてずっと敬語? タメ口で話しても構わないけど……?」

「癖です。それより、白雪さん……近いです」

「せっかくだし、今日誰も来ないから話してみない? 二人っきりで」


 そう言ってからすぐお茶を淹れる白雪さん。


「座って」

「はい……」


 机のランプをつけて、俺の前にお茶を置いてくれた。


 なんでみんなの憧れになっている白雪さんが、俺とこんな意味のない時間を過ごしているんだろう。でも、ずっと無口な人だと思っていたのに、意外と二人っきりの時はいろいろ話をかけてくれた。


「もしかして、私のこと苦手?」

「いいえ。ただ……」

「ただ?」

「白雪さんみたいな人が、どうして俺と無駄話をしているのか分かりません」

「ふーん。私、そんなにすごい人だったの? 知らなかった」

「周りの人たち……、けっこう白雪さんのことを話しています。付き合いたいとか、話しかけたいとか……」

「そう……? それで、雨霧くんは私のことをどう思ってる? 私の魅力はなんだと思う?」


 白雪さんの魅力……、多分大人しいところじゃないのかと思うけど……。

 なぜ、俺がこんなことを考えているのか分からなかった。

 その話には上手く答えられなかったから、お茶を飲む白雪さんをちらっと見る。


「ふーん。私魅力ないんだ」

「あの……、そこまで白雪さんを見てないからよく分かりません」


 なんか、気まずい。


「ねえ、雨霧くんは本が好きだよね?」

「はい」

「黒の扉。中巻と下巻…うちにあるけど、貸してあげようか? それけっこう好きそうに見えたから」

「えっ……? どうしてそれを知ってるんですか?」

「顔」

「顔……?」

「返納するのを待ち続けていた顔だったから……。そしてわざわざ部室まで取りに来るなんて……、それは本が好きじゃないとなかなかできないことだよ」

「そうですか……」

「それで、うちに来る?」


 なぜか、ためらってしまう。

 黒の扉は俺が好きな作家の推理小説だった。

 上巻はなんとなく手に入れたけど、中巻と下巻も借りたい……。


「どうする? うちに来たら貸してあげる」


 ネッドで評判がいいから図書館で見つけたその本を借りろうとしたけど、あいにく誰かがそれを先に借りてしまってずっと待っている状況だ。で、白雪さんはその本の中巻と下巻を持っているってことか……。人と関わるのは嫌だけど……、今はネッドで買うのもできないし……。その場で一気に読みたかったから、白雪さんの提案を受け入れるしかなかった。


「い、行きます」

「じゃあ……、そこで待ってて。部室を片付けてから行こう」

「はい……」


 なんか疲れる。入学してからこんなに人とたくさん話したことあったのか……。

 一応、悪い人には見えないから適当に答えてあげるだけ。本を借りた後はなるべくこの人とは関わらないようにしよう……。


「忘れた物はない?」

「はい……」

「じゃあ、行こう」

「はい」


 それよりめっちゃ暗いオタクと美少女が歩いている変な状況になってるけど……。

 これはあくまで白雪さんに本を借りるためだから……、周りの視線など……無視しよう。

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