聖女の糧にされかけた少女、逃走中に子竜を拾う。

笛路

聖女の糧にされかけた少女、逃走中に子竜を拾う。




「貴女たちは、神に選ばれたのです」 

「「はいっ」」

「貴女たちは、聖女様に魔力を捧げるための、大切な存在なのです」 

「「はいっ」」

「貴女たちが聖女様の糧となることで、世界が救われるのです。これは誉れなのです!」

「「はいっ!」」


 ――――ないわぁ。なぁいぃぃぃわぁぁぁぁ!


 白いローブのような服を着たおばさんと、白いワンピースを着た何十人もの少女たち。

 眉間にシワがよりそうなくらいに臭い何かのお香。

 恍惚と何かを叫ぶおばさんと、虚ろな瞳の少女たち。


「…………」


 ――――逃げよ。







 ある日、私が暮らしていたど田舎に聖女教会のヤツが来て、村の少女たちを集めると魔力調査を始めた。

 聖女と魔力の質の合う子供を探している、とかで。

 

「聖女って、あの?」


『――――靭やかな肉付きの白馬に跨り、金色こんじきの髪を持つ少女が自身の腕と違わぬ太さのつるぎを天高く掲げた。

 そのつるぎが陽光をキラリと反射した瞬間、彼女の周囲にいたおびただしい数の緑色の肌をした妖魔たちは、一瞬にして掻き消えた。

 そして、それを率いていた空を舞う緑の巨大な妖魔は姿を消した。

 これを見ていた人々は、彼女のことを『聖女』と呼ぶようになった――――』


 聖女教会が出す聖女降臨の本に載っているやつ。

 本なんて高級なものをこのど田舎にも配る余裕のある、聖女教会。

 みんなは聖女様の力だなんて言ってるけど、聖女が凄いことと教会の財力が凄いことってイコールで繋げていいのかな? とか……思ってても言えないけど。


 最悪なことに、魔力の質が合ったのは私だけだった。

 十八歳の私が少女でいいのか? とかは横に置く。

 そして、もっと最悪なことに、聖女教会が両親にお金を渡した。二年くらいは遊んで暮らせそうな程度の。

 両親は笑顔で私を引き渡しながら「聖女様の為に生きなさい」とか言い放った。お金を抱きしめながら。

 






 ――――あぁ、もぉ、最悪!


 トイレに行くと言って、怪しい集会を抜け出そうとしたけど、監視員がついてきた。


「ごめんなさいぃぃ、聖女様にお会いできるって緊張でぇ、お腹がものすぅぅごく痛くてぇ」


 お腹を押さえてもじもじしながら、物凄く時間かかりますアピールしといたら、監視員がトイレから少し離れた場所で立ち止まった。さっさと行って来いと言われたので、自尊心はアレだけど監視員をまくのにはたぶん成功。


 トイレの窓が思いのほか小さかったけど、人が通れるくらいの広さはあった。……胸がアレで通れた、とかではないはず、たぶん……きっと。

 どうにかこうにか抜け出して、教会敷地内をコソコソと歩き回っていたら、裏口っぽい所に幌馬車を発見。

 荷台には沢山の食料。


 ――――納入業者かな?


 どりゃあと荷台に転がり込んだ。

 荷物の奥にくちゃくちゃに丸めて置いてあった、荷物保護用のボロ毛布を頭から被り、丸まって身を隠した。

 これで逃げ切れる、と思いましたよ。ええ、このときは。


「あんだぁ、なぁにしてんだぁ?」

「……ちょいと、かくれんぼを」 


 …………ごまかせませんでした。




「いたい、痛い、いたいってば!」


 怒り狂ったトイレ監視員に髪の毛を鷲掴みにされて、教会の奥まった部屋に連れて行かれた。

 美しい稲穂色のストレートヘアが台無し。


「聖女様、この頭の女に罰をお与えください。聖女様を裏切り、逃走しようとしていました」

「あらあら、まぁまぁ……では、たっぷりといただきましょうね」


 髪をぐいっと引っ張られたせいで視線が上を向いた。 

 そこで目が合ったのは、初老のおばあさんだった。


 ――――聖女ってわりと年だ。


 第一印象はそれ。

 でも、噂では絶世の美女。……いや、昔は美女だったんだろうけど、んぶぅ――――⁉


 ブチュウ、と聞こえそうなほどに激しく唇を奪われた。

 初老の聖女に。


「ンーッ! んんーっ⁉」


 体から徐々に力が抜けていく。

 それは魔力を使いすぎたときに起こる症状とそっくりだった。

 ドクン――心臓が痛いほどに跳ねた。

 次に指先に震えがきて、ようやく唇が解放された。 

 

「んっ、この子の魔力、とても美味しいわ! 回復させなさい」


 聖女が言っている意味が解らない。

 水の中に潜っていて、そこで話されているみたいに、声がくぐもって聞こえる。


「かしこまりました」

「聖女様、肌の張り艶が戻られましたわ! お美しいです」

「うふふ。もっともっと若い子の魔力と捧げなさい?」

「「はいっ」」




 誰かに両脇を抱えられ、教会内のどこかの部屋に連れて行かれた。

 ドサリとベッドに放り投げられ、いろいろと文句を言いたかったけれど、取り敢えず眠ることにした。

 だって、ずっと頭痛がするから。

 だって、ずっと指が震えているから。

 だって、ずっと水に潜ってたみたいに疲れてるから。


 眠って眠って眠って、ハッと気付いて起き上がったら、サイドボードに水の入ったピッチャーとコップと、ふやけてベチャベチャのオートミールが置いてあった。

 ピッチャーを鷲掴みにし、直接水を煽った。


「づはぁあ!」


 なんだか知らないけれど、『生き返ったぁ!』そんな気分。

 お腹がドギュルルルと鳴るので、どう見てもマズそうなオートミールも煽った。


 ――――ゔん。


 ただ水に浸けただけのオートミールだった。

 せめてミルクとか、はちみつとか、なんか味をプラスしてほしかった。

 空腹には勝てず、オートミールを完食したところで、辺りに人の気配がすることに気が付いた。


 私が寝ていたのは、二十人くらいの大部屋の病室のような所だった。

 大部屋に寝ているのは、ほとんどが白髪はくはつの初老の女性だった。

 そして、ベッドの頭のところにプレートがぶら下げられていて……。


『汎用』


 そう、書かれていた。

 私のベッドにも。


 何がなんだか分からなくて、部屋内をうろちょろとしていたら、窓に青白い顔で白い髪に白いワンピース姿という白づくしな女の人が映っていた。

 バッと振り返るけれど誰もいなくて、もう一度窓を見ると、そこに映っていたのは、白髪になり目尻に妙に皺がある自分だった。


「……なに、コレ?」


『聖女様、肌の張り艶が戻られましたわ! お美しいです』

『うふふ。もっともっと若い子の魔力と捧げなさい?』


 急に頭の中で声が再生された。


 ――――あ。


 慌ててベッドに寝ている人たちの顔を見た。

 半分は本当に老女のようだけれど、洗脳されているようにしか見えなかった少女たちと同じワンピースを着ている。

 そして半分は、白髪ではあるものの、そこまで年老いてもいない。

 そして、全員が疲れ果てて泥のように眠っている。


 私達は…………聖女の『糧』なんだ。

 そういうことか。

 聖女は、吸い取っているんだ。

 生命力さえも。


 ――――逃げなきゃ!


 どれだけ魔力があれど、人は魔法なんて使えなくて、魔導具に魔力を通すのが普通だった。

 魔導具なしに魔法を使えるのは、それこそ聖女や勇者や魔獣たち。

 普通の人は、魔力には相性があって、魔力の合う人と一緒にいると心地よいとか、魔導具との相性がいい、そんな程度のもの。

 使いすぎても、ちょっと休めば回復する。


 たぶん、だから、みんな聖女に魔力を提供しても、吸い取られても、気にしてないのかもしれない。

 誉れだとか思ってしまうのかもしれない。




 教会の中を見つからないように移動して、裏門に行った。

 前回捕まったのでどうかとは思ったけど、正門は見張りが立っているので抜け出すのは不可能そうだった。


 植え込みの陰に隠れて裏門の様子を見ていると、搬入業者が帰ったあと、教会のヤツが閂を下ろして立ち去っていく。

 見張りなんていないし、警戒さえもされていなかった。


 ――――これ、普通に抜けれる?


 予感は的中した。

 普通に閂を外して、普通に裏門から出れた。


 無我夢中で走った。

 今度は絶対に捕まれない。捕まりたくない。

 裸足だったせいで、小石や何かで足の裏が痛むけれど、気にしてなんていられない。

 だって、死にたくないから。


 体力が持つ限り走った。

 疲れたら歩いて、また走った。

 夜通しで移動しているときに見付けた鬱蒼とした森の中に入り、実っていた樹の実や果物を食べた。


「んーまい!」


 果物片手に森を彷徨っていると、綺麗な泉のある広場に出た。

 泉に駆け寄って水を飲んだ。


「んんーっまいっ!」


 しばらく泉の側で休憩して、教会からもっと離れないと、と歩き始めた所でグニュリと何かを踏みつけてしまった。


「ピギャッ」

「へ?」


 私の足の下には…………小さな小さな竜がいた。


 体長四十センチくらい。でも半分くらいは尻尾。

 羽を広げると思ったよりも大きい。

 鱗は青とも緑ともいえない不思議な色で、瞳は金色で爬虫類みたいな感じ。


 初めて見る竜をツンツンと木の棒で突付いてみたり、目蓋をグイッと開けてみたりしたけど、無反応。


「生きてる? 死んでますかー?」


 無反応。

 お腹はゆっくりと上下しているので、たぶん生きてる。

 さっき力いっぱい踏んだ。

 なんとなくそのせいで気絶しているような気がする。

 断末魔のような声も聞こえたし。


 このままここに放置するのも気が引けたので、小竜を抱きかかえて、森の中の移動開始。

 しばらく歩いていると、ポツリポツリと雨が落ちてきた。

 小走りで雨宿り場所を探していると、大きな岩がいくつも重なって壁のようになっている場所に辿り着いた。

 そこには何ヵ所か隙間があり、一番広い所に入って雨宿りをすることにした。


 一番広いとはいえ、大人三人くらいがぎゅうぎゅうで入れる程度。

 そこに道中慌てて千切ってきた大きな葉っぱ数十枚を敷いて座り込む。

 閉鎖空間ってあんまり好きじゃないなぁ、なんて考えながら振り続ける雨を眺めていた。


 腕に抱えていた小竜は相変わらずすやすやと夢の中。

 ときおり口をパクパクさせるものだから、なんとなく……そう、なんとなく小指を口の中に入れてみた。

 ちゅうちゅう、小竜が小指を吸う。


「ふぉ、かわいい」


 歯は少し当たるけど、痛くない。

 ただただ、ちゅっちゅ、ちゅうちゅうと音を鳴らして吸い付くのがかわいいだけだった。


 しばらく小竜に指を吸わせていたら、頭がくらくらとしだした。

 これ、もしや? と思って指を抜いた時にはすでに遅し。

 敷き詰めた葉っぱの上に倒れ込み起き上がれなくなってしまった。

 ゆっくりと目蓋を閉じながら、小竜を抱きしめた。

 せめて、暖を取ってやろうと思って。




 全身が包み込まれてて暖かい。

 とても固いお布団だけど、暖かさは天下一品な気がする。

 しかもなぜか魔力の相性良さげときたもんだ。

 こりゃ一生手放せないね。


「ん? そうしろ」

「ん、そーするー」

「ほら、もっとくっつけ」

「んー…………」


 ――――ん?


 おい待て、誰と話しているんだ私。

 バチコンと目蓋を押し上げると、目の前には肌色と雄っぱい。

 そろりと視線を移動させると、青とも緑ともいえないショートカットと、金色の瞳。


「おはよう、俺のつがい

「……」


 人は、処理能力を超えると、眠くなるのだろう。

 何も見なかったことにして、目蓋をそっと閉じて、した。


「つれないなぁ。我慢していたのに」


 ワンピースの裾から、熱い手が入り込んで来て、太股を艶めかしく撫でられた。


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!」

「こら、耳元で叫ぶな」

「んぶっ⁉」


 熱い何かで唇を塞がれた。

 目の前には金色に輝く瞳。

 

「んぶぶぶ!」

「魔力を渡しているだけだから、暴れるな」


 暴れるなと言われても。

 この短期間に二回目のキス。

 聖女は女性だからノーカンにしようとかなんとなく考えないようにしつつ、ガッツリ考えていたのに。

 コレもノーカンでいいのかな?

 いいよね?

 なんか、大人な感じのキスになってますけど⁉

 聖女のときはブッチューと唇重ねてただけでしたけどぉぉ⁉


「んー!」

「下手くそだなぁ。まぁ、そのほうがいいが。鼻で息しろ」


 よくわからないディスりと指導を受けて、鼻で息することを覚えた。


「ふんぶー、ふんぶー」

「っ、ははははは! 鼻息が荒いっ! うははははは!」


 酷くない?

 いきなりキスしてきて、なんかグイグイしてきて、鼻で息しろって言うからしてたのに爆笑って。


 ムッスリしていたら、青緑の男が頬にキスしてギュッと抱きしめてきた。

 ところで、こいつ誰。


「さて、番も起きたことだし、国に戻るか」

「はい? ちょ――――」


 国ってなんだ、番ってなんだ、そもお前誰だ、と言いたかったのに、男に小脇に抱えられていた。

 その状態で岩の隙間から出ると、バサリ、大きな羽音がした次の瞬間、体が宙に浮き上がっていた。


 見えるのは、抜けるほどに美しい青空。

 と、青緑の鱗。

 それから、私の胴体を掴む巨大な手。


 男は、竜になった――――。


 仰向けで竜に鷲掴みにされ、移動すること数時間。 

 思ったより風元振動もないから、寝た。




「こら、起きろ」


 ペチペチと頬を叩かれ、目蓋を押し上げると、目の前にはまたもや金色の瞳。

 またもや唇が何かと触れ合っている。


「ん、やっと起きた。寝てるのを襲ってもつまらん」


 つまる、つまらんの問題なのか?

 思考が余計な所に流れそうになりつつも現状確認。

 ふっかふっかの巨大なベッドに寝かされ、青緑頭の男に押し倒されている。


「グガッ」


 取り敢えず、右フック決めといた。こめかみに。


 男を床に正座させて話を聞くと、色々な事が発覚した。

 まず、男は竜王。


 ――――王⁉


 そして、聖女という名の魔女と昔から戦っていて、あの森で力尽きて倒れていた。


 ――――魔女⁉


「あのババァ、人間の魔力と生気を吸って力を増幅してやがった。だがまぁ、すっからかんまで減らす事に成功したんだがな!」


 なるほどなるほど、つまり私が親から売られ、白髪になり、死にそうな目にあったのは、コイツのせいでもあると。


「痛い!」


 取り敢えず、脳天にゲンコツしといた。

 私は、ちゃんと説明もした。


「白髪? 戻ってるぞ? に、いだぁっ!」

「稲穂色」

「…………稲穂色に、戻ってるぞ?」


 言われて自分の髪の毛を見てみると、いつもと変わらぬ稲穂色の髪の毛がそこにはあった。


「俺の魔力を分けてやったからな!」

「あ、そうなんだ。ありがと」

「ん。ところで、俺の番。名前を教えて? 俺の名は竜王エルランド」


 そいや、番ってなんじゃい。


「リル・ブランソンだけど、番――――」

「はい、これ飲み込んで」


 ペラっと渡された爪くらいの大きさのピンクの透き通った砂糖菓子みたいなもの。

 噛まずに飲み込めと口に入れられて、素直に飲み込んでしまった。


「ん⁉」


 バクンバクンと跳ねる心臓。

 体からありえないほどの発熱。


「なに……ごれ…………死ぬ?」

「死なない。番の契約」

「つ、がい?」

「ん。俺の愛しき番。俺の妻」


 また右フックをお見舞いしようとしたけど、力が出なくてヘロヘロパンチだった。

 竜王エルランドと名乗る男に優しく右手を包まれ、柔らかいキスを落とされた。


「これからいっぱいいっぱいリルを味わい尽くして、いっぱいいっぱい愛を注いでやる。楽しみだな?」


 ――――あれ? 今度は竜に食べられそうになってない?




 ◇◇◇◇◇◇




 暴走するエルランドをシバいてきちんと説明させたり、竜の番となったことで膨大な魔力を得たり、魔女をシバいて少女たちを助けたりするのは、また別のお話――――。




 ―― fin ――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女の糧にされかけた少女、逃走中に子竜を拾う。 笛路 @fellows

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ