第2話 螺旋の籬(まがき)

 同期達に誘われた飲み会で島料理に舌鼓を打ちながら、そういえばこの店の料理は今受け持っている患者の故郷の料理だということに気がついた。


 山盛りの塩茹での巻貝が運ばれてきた。マガキ貝の仲間だそうで、発音の難しい地元での呼び名はすぐに忘れてしまったが、店主に教わったとおり、貝殻から覗く爪を引っ張って出てきた身を口に運ぶと、甘みと芳醇な海の味が口一杯に広がった。


 何個目かの貝の爪を折ってしまい、なかなか取り出せない身と格闘しながら、こいつはまるで引っ込み思案だった昔の僕のようだなと苦笑が漏れる。手の中の薄桃色の貝殻の向こうに、患者の華奢な姿が一瞬浮かんで消えた。


 差し入れ用に持ち帰ろうかという考えがふとよぎったが、患者に感情移入し過ぎるのは危険だと、日頃から耳に胼胝(たこ)ができるほど教授に言われていたことを思い出し、酔いが回った頭の中で自分自身に警鐘を鳴らした。心療内科医というのも因果な商売だ。

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