第6話:幼なじみの胸の内

「…では、本日のレッスンはこれで終了といたします」

「ありがとうございました」


 予定していた時間となり、ユイカは教師に向かって一礼し、退出した。


 嘉神原家。

 国内有数の大富豪にして、大手企業〈KAGAMIグループ〉の創始者を祖父に持つ、超が付くほどのお金持ち。

 そんな大富豪の家の下に生まれたユイカは、周囲の期待に応えるべく幼少の頃から厳しい教育を受け続け、数多の賞を総嘗めにしてしまうほどの超天才児へと成長した。


 文武両道、才覚叡智。

 天は二物を与えたと言わしめるほどの美しい外見までをも手に入れた彼女は、いつ如何なる時も周囲の視線を独り占めにしてきた。

 しかし、そんな完璧な才女を以てしても、思い通りにいかないものがあった。


 それが、"恋愛"である。


 恋。

 それは、時代も身分をも問わず常に盛り上がり続ける不動のジャンル。

 心に直結しているからこそ制御が出来ず、目に見えぬものであるからこそ読み・察する事も出来ず、これといった攻略法も無く、あらゆる男女を振り回し続けるそれは天使か悪魔か。


 彼女もまた、そんな恋に悩まされ続けている者のひとりである。


 事の発端は、ユイカが高校入学して直後の事である。

 たまたま廊下の角でぶつかってしまい、「大丈夫?」と声をかけられた。

 ただ、それだけである。


「牧野くん……。好き……♡」


 稀代の天才・嘉神原ユイカは、面食いであった。


 そんな彼女の経緯をソウタは……、知っていた。

 彼女自身の口から散々聞かされていたからである。

 一目惚れであったという事も、もちろん彼は把握していた。

 伊達に10数年幼なじみをしている訳では無い。

 味の好みは分からずとも、性格の方はある程度把握していた。

 故に、彼は一定の距離感を保って接しており、これまで喧嘩に至った事はほとんど無い。

 ソウタ自身が、一種の対ユイカ対策マニュアルと化していた。


「……ふぅ」


 ユイカは部屋へと戻り、着替えを済ませてベッドにダイブした。

 枕に顔を埋め、まるで屍のようにしばらくじっとしていた。


「へんじがない、まるでしかばねのようですね……」

「妙なナレーションは止めてちょうだい」


 ユイカの傍にいるのは、専属使用人の神谷城かみやしろミヤコ。

 ユイカが小学校に上がる頃から隣に控え、常にユイカの日常生活をサポートし続けてきた、デキるメイド少女である。


「それはそうと、まだ就寝時間には早すぎますよ。試験も近いですし、勉強しませんと……」

「分かってるわよ。でも、それはむしろこっちが貴女に言いたいわね!」

「?」

「知ってるのよ。貴女、前回の中間テスト全部赤店ギリギリだったでしょ?!」

「あれはわざとですよ」

「はぁ?!」

「私が高得点を取って、ユイカ様ほどでは無いにしろそこそこ名前が通ってしまえば、護衛に支障が出てしまう可能性があります。故にこそ、ギリギリ指導を受けず迷惑をかけない点数に調整しているのです」

「じゃあ、貴女は本気を出せば高得点取れるっていうのかしら?」


 ユイカはミヤコをキツく睨みつけた。


「余裕ですね」


 対してミヤコは、淡々とした表情で堂々と断言した。


 しかし、ユイカは知っていた。

 ミヤコの本当の学力は、点数通りのもの程度でしか無いという事を……。


 ミヤコは、根っからの嘘つきであった。


「時にユイカ様」

「…何?」

「もうすぐバレンタインですが、チョコレートはいかがされるのですか?」

「ッ!」

「今年も贈るのですか? 大好きだった牧野君へ……」

「…もう、贈らないわよ」


 ユイカは、絞り出すように言った。


「それが賢明ですね。彼はもう別の女子とくっついちゃいましたし、この上チョコレートを贈るのは正直デリカシーに欠ける行動かと」

「ぅぐ……」

「…では、黒神君にはあげるのですか?」

「…どうしてそこでアイツの名前を出すのよ?」

「だって恒例じゃないですか、毎年義理チョコを贈るのは。違う中学に通っていた時でさえ、直接私に黒神君の家まで届けさせてい」

「あーあーあー!」


 ユイカはミヤコの言葉を遮った。


「どうして彼に執着するのです? 既に別の男子に恋をしてしまっていた貴女が、どうして?」

「…知らないわよ」

「…まさか、気づいていないんですか?」

「何が?」

「いえ……。黒神君に少し同情してしまいますね……」

「貴女、さっきから何を言っているの?」

「いえ」

「?」


 ミヤコはぷいと顔を逸らした。


「とりあえず、ソータには適当なチョコでも買って贈るわ。いつも通りにね」

「それはどうしてですか?」

「毎年恒例だからに決まっているでしょ?」

「ですから、それはどうしてですか?」

「しつこいわよ! 毎年贈ってるんだもの、渡さないと落ち着かないの! これでいい?!」

「落ち着かない、ですか」

「そうよ! 悪い!?」

「いえ」


 何故、毎年恒例となっているのか。

 何故、義理とはいえチョコを贈らないと気が落ち着かないのか。

 ユイカは気づいていなかったが、ミヤコは内心で既に予想がついていた。

 同時に、自身の心境に気づかないユイカに対し、はぁ…とため息がこぼれた。


「何よ、今のため息は?」

「既に知ったはずなのに、どうしてこの人はこうまで鈍感なんでしょう……」

「鈍感?!」

「さ、ユイカ様。そろそろご就寝のお時間ですよ、早く寝ましょう。私も正直眠いです」

「鈍感って言われたら、気になって眠れる訳無いでしょ! 教えなさいよ!」

「嫌です」




 この日。

 2人のそんなやり取りは深夜まで続き、結局ユイカは寝不足になった。(ミヤコは短眠者ショートスリーパーなので平気だった)


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