第4話:バレンタイン一週間前

「……」


 いつも通りの朝、いつも通りに登校し教室に入ると、そこにはいつも通りではない男子たちの姿があった。

 そわそわしてたり頭を抱えてたり、何やってるんだか……。


「はよー」

「おぉう。おはよう……」


 挨拶しただけだというのに、我が友上野健斗ケントはいやに動揺してはしゅんと落ち込んでいた。

 失礼な奴だな。


「休み明けだというのに、いったい何があったんだよ……?」

「お前、来週何があるか知ってるか?」

「来週?」


 聞かれてふと考えてみる。

 今は2月の頭、そんで来週というと……。


「バレンタインか?」

「そう、バレンタインだ」

「で? バレンタインと皆の行動がおかしい事に、何か因果関係でもあるのか?」

「あるに決まってンだろ!」


 上野は机をバンッと叩いて叫び出した。


「今年こそ、義理でも良いから俺もバレンタインチョコが欲しいんだよ! そして、ここにいる男子全員も同じ気持ちだ」


 上野の言葉に、周りの男子たちもうんうんと頷いていた。

 まぁ、気持ちは分かるが、露骨に態度に出過ぎだろ……。


「期待を持つのはやめとけ」

「何をぅ!」

「いいか? オレはな、『今年こそバレンタインチョコを貰いたい』っていう奴が、1週間以上前からお守りを買い、風水で運勢を占い、当日にラッキーアイテムで身を固めながらも玉砕していった敗残兵たちの見るも無惨な光景を幾度も目にしてきたんだ。お前たちまでそんな連中みたいになる事はねえ。期待しないでいれば、傷はまだ浅くて済むぞ?」

「ぐ……っ。何だ? この妙な説得力は……?」


 そうさ。

 わざわざ過度に期待して、全力で祈りを捧げたところで、神頼みだけをしている奴は幸せにはなれない。

 本当にチョコが欲しければ、もっとずっと前から行動するべきだったのだ。


 オレには見える。

 目の前のこいつらが、チョコのひとつも貰えずに嫉妬と怨嗟の炎をあげて血涙を流しながら悶え悲しむ姿が……。

 虚しいぜ……。


「…そういうお前はどうなんだよ?」

「ん?」

「お前は良いよなぁ。毎日嘉神原さんと一緒だもんな、どうせ毎年チョコ貰って……」

「まぁ、貰ってるな」


 事実なのでそのまま打ち明けた。


「ほら見た事か! この裏切り者め!」

「と言っても、ただの義理チョコだ。しかも市販の板チョコに、わざわざパッケージに『ギリ』の2文字をこれでもかと強調して書かれたやつだけどな」

「貰えてるだけ良いじゃねえか! 俺なんて今まで一度も、義理チョコすら貰った事無いんだぞ!」

「知らんがな」


 そんな血涙流しながら訴えられても困る。


「はぁ……。お前、誰か気になる人でもいるの?」

「俺? 特にいないけど?」


 いないのかよ。


「『バレンタイン当日に好きな人に渡せばカウンターアタックを決められるぜ』って教えようと思ったのに、いないんかい」

「いたとしてもそんな勇者みたいな事出来る訳ねえだろ!」

「出来ないのか……」


 そんなヘタレで、よくチョコ欲しいなんて言えたな……。


「行動しない奴に、未来はそうそう切り開かれないぞ」

「うるせえ、この勝ち組野郎!」

「えぇ……」

「お前なんて、嘉神原さんに義理チョコ貰ってそのまま嫌われればいいんだーーー!」


 上野は訳分からんセリフを言い残して教室を飛び出していった。

 もうすぐホームルームが始まるというのに、いったい何処に行ったんだか……。


 それにしても、バレンタインか……。


(今年は、どうするかなぁ……)


 今のところ、オレは毎年欠かさずユイカから義理チョコは貰っている。

 そして、去年はとうとう初恋相手の牧野にも本命チョコを渡したと後に聞いた。

 だが、告白する前に失恋してしまったあいつが、今年も変わらずに義理チョコをくれるかというと……。


(まぁ、貰えるだろうな)


 あいつは根は真面目で几帳面なところがある。

 金持ちの家のご令嬢という事もあってプライドが高いところもあるので、毎年恒例の行事をすっぽかす事はあいつのプライドが許さないだろう。

 オレの読みが当たっていれば、間違いなくくれるはずだ。


 だが、失恋の傷を受けてしまっている以上、未来は予測不可能になっていると言って間違いない。

 ここ最近のユイカの行動や思考は、幼なじみのオレですら完全に分からなくなっているのだ。

 まさにブラックボックス、触れれば切れる氷の刃。

 ひとつの判断ミスが、今の関係にヒビを入れる事になるかも知れない……。


(…………、オレからもチョコを贈ってみるか……)


 義理だけどな、たまには良いだろう。

 バレンタインの日に、男から贈ってはいけないという決まりは無いのだし、問題あるめえ。


「そろそろ時間だぞー。着席しろー」


 ちょうどホームルームの鐘が鳴ったところで、担任が教室に入ってきた。

 クラスメイトたちは大慌で席へと着いていく中、オレは終始上の空だった。


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