静物
さら・むいみ
第1話
二日酔いでズキズキと傷む頭を抱えながら、アパートの自室で幸一が目覚めた時。「それ」はすでに、部屋の中にあった。
幸一が最初に「それ」を見て思ったことは、「やっちまった……」ということだった。二日酔いのはっきりしない頭でもわかるくらいに、「それ」は色鮮やかな色彩を帯びているように見えた。早い話、幸一は昨晩酔っ払って部屋に帰ってきたあと、自室で「吐いてしまった」のだと思ったのだ。
本来なら、朝いちでシャワーでも浴びて、スッキリしたいところだったが。今から「汚いもの」を片付けなきゃならないんだから、シャワーはその後にした方がいいか……。
そう思いながら改めて幸一は「それ」を見たが、どうやらそれは自分が吐いたものではないらしかった。嘔吐物のような臭いもしなかったし、吐いたものにしては、その形が「しっかりとしていた」のだ。そのことは少しだけ幸一をほっとさせたが、しかしそれではまだなんの解決にもなっていなかった。俺の吐いたものじゃないんだとしたら。「これ」はいったい、なんなんだ……?
「それ」は半径20センチほどの綺麗な円形で、円の中央に向ってふっくらと盛り上がっていた。色はあえて言えば緑色で、「それ」の下にある畳がうっすらと透けて見えるくらいの半透明な色彩をしていた。強引に例えるなら、大きな緑色のゼリーが畳の上に置いてあるといった具合だろうか。
まず幸一は、この「大きなゼリーのようなもの」が、いつからここにあるのだろうかと考えてみた。昨日の朝、部屋を出る時にはなかったはずだ。では、部屋に帰った時は……? これは、残念ながら思い出せなかった。昨夜は仕事仲間としこたま飲んで、へべれけに酔って部屋に帰り着き、そのまま布団に倒れ込んだ。おかげで着ていたシャツは、ヨレヨレのグシャグシャだ。
だから、帰った時に「それ」があったかどうかの記憶はない。すると……? ここで幸一は、部屋のカーテンが外からの風で、ゆらゆらとそよいでいるのを見つけた。
……俺、いつ窓を開けたんだっけかな。帰った時とは考えにくいから、昨日の朝出かける時に、締め忘れたってことか? そうなると、「それ」がいつ部屋に入って来たのかは、判断のしようがない。「それ」が、窓の隙間から入ってきたと仮定すればの話だが。そして、「それ」がいつこの部屋に来たのかをつきとめても、何か問題が解決するわけではないので、幸一はそれ以上考えるのをやめにした。
やめにしたところで、「それ」が今そこにあることに変わりはない。じゃあ、どうすればいい。チリトリとほうきですくって、捨ててしまうか。捨てるならいつ出せばいいんだ、燃えるゴミではなさそうだが。今のところ、ドカン! と急に爆発するようなものでもないようだけど……。
思い迷ったあげく、幸一は針金のハンガーの先で、恐る恐る緑色の「それ」を「ツン」と突いてみた。「それ」は少しだけ、「ぷるん」と揺れ動いたような気がした。しかしそこから動き出すようなこともなく、それ以上の反応は何もなく。とりあえずこれは見た目どおり、ゼリーのように柔らかいものらしいことはわかった。しかしやはり、それがわかったところで何かが解決するわけではなかった。
二日酔いのせいもあるのか、幸一は考えがまとまらず、ボサボサの髪を両手でくしゃくしゃと掻きむしった。このままあれこれ考えても、いい考えが浮かぶような気がしない。とりあえず、シャワーでも浴びてスッキリしよう。幸一は「それ」のある部屋の片隅に後ろ髪を引かれつつ、浴室へと入っていった。
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