第10話 windrain魔法師
他の兵士がラッパを吹き鳴らす。それを合図にしたかのように、地面の中から一匹の蛇が飛び出してきた。その巨大な蛇は背中に翼を持ち、広げた口の中には鋭い牙を並べている。
「ニーズヘッグだあ! 逃げろお!」
逃げ惑う兵士たちとは逆に、隊列の前方からこちらに馬を進めてきたニクスが低く太い声を飛ばした。
「魔法師隊、前へ! 魔法バリアで防衛線を保て! 弓矢隊は陣形を組んで発射に備えろ!」
黒ずくめの魔法師たちは最前線に立ち並ぶと、ニーズヘッグに向けて掌を向けた。すると、その前に大きな光の板のようなものが浮かび、ニーズヘッグの前に立ちふさがる。大口を開けて吠えたニーズヘッグは、口から炎を吹いた。炎は光の板に当たると無効化され、四方に散って消える。それを見てギョロリと目をむいたニーズヘッグは長い尾を高く持ち上げて、前方に一振りした。尾から放たれた電流は固まりとなって飛んでくると、光の板を弾き飛ばした。そのまま魔法師たちを直撃する。凄まじい爆音と共に魔法師たちが飛ばされていった。
ニクスが声を張る。
「風と雨の魔法師windrainを呼べ! 奴でなければ倒せない!」
「ここにおる!」
腰の下まで伸びた白髪を三つ編みにして束ね、胸にかかるほど伸ばした白いアゴ髭の下に、首から提げた大きな数珠を光らせ、何本もの手綱を握った老人が呪文を唱え始めた。綱の先にはそれぞれ猫のような動物が何匹も繋がれている。その猫のような動物は炎に姿を変えると、そのままニーズヘッグの前まで伸びていき、その大きな顔の前で炎の塊となると、中から素早く猫の手を飛び出させて、ニーズヘッグに猫パンチを食らわした。その後すぐに老人の足下に戻ってきて、元の猫のような動物の姿に戻った。
ニーズヘッグはダメージがあったようだが、倒れるほどではない。
ニクス師団長が魔法師に言った。
「魔法師よ、やはり倒せぬか」
「いいや、倒せない訳ではございません。嵐の魔法を使えば、奴を動けないようにする事はできるでしょう。そこでとどめを刺せば、倒せます。ただ、ちと厄介な問題が」
「何だ、申せ」
「この嵐の魔法というのは、使い手の魔力をかなり奪ってしまう魔法です。おそらく私は消えてしまうでしょう」
「なに、それはいかん」
「いや、でも大丈夫なのです。私は私の魔力の塊となって、この宇宙に生き続けるでしょう。あの世とこの世の間の世界のようなところです。そう、私の文献『タイム・フライヤーズ~7つのチャンス~』に記しているように、その世界で生と死の間を司ることになります。そして奴の魂を地獄へと送り届けることが、きっと出来ましょう」
「しかし、それではお前が死んでしまうではないか」
「ふふふ。私が死んでも王国は生き残ります」
「この変わった猫たちはどうする」
「ふふふ。『猫なんて飼うもんじゃない』とは、よく言ったものです。でも大丈夫。鰹節は沢山買ってあります。それに私は死ぬわけではありません。『果てなき音楽(プログレ)の旅路』というものに出掛けるだけです。決して消えて無くなるわけでもない」
「わかった……では、頼む」
二人が長めの会話をしている間に、ニーズヘッグは兵士たちの大半を食べちゃっていた。
老人はちょっと焦り顔で呪文を唱え始める。
「むむむむむ……『風のように、雨のように』……『風のように、雨のように』……『風のように、雨のように』やー!」
空に突如として雨雲が現れたかと思うと、それらの雲はたちまち渦を巻きはじめ、そのまま間も無くして激しい雨を降らせ始めた。続いて風が吹き始め、瞬く間にニーズヘッグの体を竜巻が囲み始めた。ニーズヘッグは柱のように直立したまま動けない。
それを見たニクスは唸った。
「ぬううう! やったぞ、動きを止める事ができ……」
横を向くと、そこに老人の姿は無く、衣が一着だけ落ちているだけだった。その他には大きな数珠と手綱が落ちていて、猫のような動物は一匹も残っていない。
ニクスは呟いた。
「行ってしまったか。冥界での対処は任せたぞ! くく……」
涙を拭ったニクスは、その太い腕を前に振り、枯らした声で叫んだ。
「矢を放てえ!」
弓矢隊が矢を次から次へと放った。しかし、そもそも魔獣に普通の矢が通用するはずがないし、そもそも魔獣はいま竜巻に囲まれていた。今井美樹の「私は今~♪」的な状況である。矢はニーズヘッグに届く前に竜巻ですべて弾き飛ばされてしまった。弓矢隊の兵士たちは恐れをなして後退する。
「ええい、かくなるうえは!」
腰から剣を抜いたニクスは、白馬の腹を蹴って走らせると、剣を高く掲げたまま雄叫びをあげてニーズヘッグに突進していった。
「ニクス! 無茶をするな!」
ドレイクも剣を抜くと、ニクスの後を追って馬を走らせる。
乾いた土を巻き上げて魔物を囲む竜巻が、土煙を巻き上げている。その土煙は突進する二人の勇者の姿を飲み込んでいった。
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