第9話 ドレミマツーラ訓練師範

 町での魔物討伐の功績が認められたドレイクは、従者のヨードと共に、ニクスに連れられてアウドムラ王都の宮殿に向かうことになった。アウドムラ国王に拝謁できることになったのだ。だが、二人とも自分たちがアルラウネの人間であることはニクスに伝えていない。戦争中の敵対国の人間であると分かれば、たちまち捕らえられてしまうだろう考えたからだ。


 町を出て荒野の上を進み王都へと向かうアウドムラ正規軍の兵団の中で、与えられた馬に揺られて兵士たちと共に移動する二人は、馬を寄せてひそかに言葉を交わした。


「どうします? ここの国王に会えるのは、アルラウネ公からの和解の意思を伝え、密書をアウドムラ国王にお渡しするという我々の目的を果たすうえでは、またとないチャンスですが、どうも都合が良過ぎやしませんかね」


「確かにな。だが、不用意に身分を明かす訳にもいくまい。この国の中にも戦争の終結に反対している者は多いはずだ。特に軍人には」


「そうすると、昨日の刺客たちも軍人ですかね」


「いや、あれは戦争継続派に雇われた連中で軍人ではなかろう」


「軍人以外にも、この戦争で食いぶちが上がっている奴らは大勢いますからね」


「そういう事だ。戦争継続派の人間にとって我々は邪魔な存在なのだ。だが、逆に、戦争終結派もいるはずだ。だから、その者たちの協力を取り付ける必要がある。戦争は国王一人だけでは止められんからな」


「政治ってやつですね」


「うむ。だから、それが見極められるまで、しばらく様子を見よう。まずは、この軍団の長を務めるニクスからだ。彼がどちらなのか、しっかりと値踏みしようじゃないか」


「そうですね。でも、気が短そうな奴だから、きっと戦争継続派の中の強硬派ですね。賭けてもいいですよ」


「雰囲気で頭の中までは分からんさ」


「ですかね。ところで、ひろしがいませんが、見ましたか?」


「いや、見ていないが」


「あーあ、ミノタウロスにでも食われちまいましたかね。あんな化け物の下着なんか盗むからだ。どこまで馬鹿犬なんだか」


「生きていたら、この一団の後を追いかけてくるさ」


「そこまでの忠犬ですかねえ」


「いや、前の方の列に居るあの兵士をよく見てみろ。美男子にしては過ぎやしないか」


「前の方……ああ、あの兵士ですか。北方の国から雇い入れた訓練顧問らしいですよ。兵士たちに筋トレをインストラクトする。あのインストラクターに鍛えてもらったから、ニクスの奴、あんなに筋肉モリモリなんですね」


「そうじゃない。よく見てみろ。あの兵士は女だ。他の兵士からはドレミマツーラ師範と呼ばれていたが、ドレミというのは、この国では女につける名前だろ?」


「ああ、確かに。そうですね、てっきり美男子くんかと思っていたら、あの腰つきとか、よく見ると女かあ。だとすると、相当に美人ですね。あ、わかった。するっていと、あの二人はデキているんですな」


「ニクスとドレミ師範がか?」


「あっしには、そう見えやす」


「色眼鏡で覗き過ぎではないのか。だが、そうだとすると、まさに『美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜』というところだな」


「なんですか、それ」


「まったく、芸術に疎い男だな。去年、アルラウネ公国賞をとった長編歌劇さ。公国劇場でロングラン公演をしていただろ」


「すみません。そういったところには行かないもので。あっしはもっぱら裏通りのジュ・テームという店にしか生きやせん」


「例のメイドカフェか」


「へえ。かわいい子が多いもので、つい。酒は出ねえんですがね」


「仕方のないやつだな。いい加減、おまえも妻子を得たらどうだ」


「独りの方が楽でしてね。ドレイク様こそ、そろそろお相手を見つけないと、このままだと、独り身のまま戦場でおっ死んぢまいますぜ」


「私は騎士だ。剣の道を究め、騎士道をまい進するのみさ。死など恐れてはいない」


「だったら、あっしもまい進しやす。このまま王都に着けば、奇麗な貴婦人たちが沢山いらっしゃいますからねえ。うう、たまんねえ」


 ドレイクは溜め息を漏らした。


「おまえは、ホントにどうしようもない奴だな。ひろしの奴が付いてくる訳だ。だが、ヨードでさえそのように思うのなら、あのひろしなら、美人訓練師範に同行して王都に向かう我々を全力で追いかけてくると思わないか。たとえ死んでいても」


「なるほど。確かにそうですな。あいつなら、死んで骨になっても追いかけて……!」


 振り返ったヨードの視線の先で、盛り上がった地面が土煙をあげながら、猛烈な速度で近づいてきていた。


「あら、ひろしの奴、一晩で随分とデカくなったみたい……って、あれは違いますよね! 何か地面の中を進んできますよ!」


 兵士の誰かが叫んだ。


「敵襲! 後方から魔物が地中を進んできます!」

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