第7話 刺客との戦い
高い建物に挟まれた小道に入ったドレイクとヨードは、すぐに走るのをやめて立ち止まった。
ドレイクが眉を寄せる。
「しまった。待ち伏せか!」
「後ろも追いつかれましたね。完全に囲まれました」
「何者か! 闘うつもりなら、正々堂々と剣を取り、一対一で……」
男たちは鉄球が付いた鎖を垂らしたと思うと、それを上げた腕の上でヒュンヒュンと回し始めた。
「旦那、こいつらには正々堂々という言葉は通じないようですよ」
「そのようだな。仕方ない」
ドレイクは剣を抜くと、一回ししてから構えた。男の一人が鎖を振り回しながら言う。
「『ねえ、知ってる?』」
ドレイクは剣を構えたまま答えた。
「何を」
「『世界から戦争を無くす方法』さ」
「……それは、是非とも知りたいものだ」
「ならば、『世界から戦争を無くす方法』を読みな! 短編だぜっ!」
男は鎖を飛ばしてきた。弧を描いて迫る銀の閃光をドレイクは身を屈めてかわした。離れて見ていたヨードが叫ぶ。
「ドレイク様、剣でかわしては駄目だ、剣を鎖に持っていかれますよ!」
「分かっている! だが、この剣はスミハルコン製だ! 鎖など断ち切ってくれる!」
別の男が鎖を回すのを止めた。
「なに、スミハルコン製の剣だと。ちくしょう、厄介な武器を持っていやがる。仕方ない、これを使うか」
その男は懐から「く」の字に曲がった鉄製の刃物を取り出した。
「俺は『これまでも、これからも』、この武器で獲物を狩る!」
それはブーメランだった。縁の部分が研がれて鋭い刃になっている。
「ドレイク様、飛び道具ですよ! ご用心を!」
「案ずるな! 私は上級騎士だ。そういう武器への対処も、騎士道院での訓練で身に付けている」
男は手先でくるくるとブーメランを回しながら言った。
「ほう、自信たっぷりだな。『じゃけぇ』気に入らねえ。これでも食らいな!」
男はブーメランを飛ばしてきた。飛来したそれをドレイクが屈んでかわすと、続けて先の男の鎖が飛んできて、剣を握るドレイクの両手首に絡まる。
「ドレイク様!」
空中の高い所で反転してきたブーメランは、再びドレイクめがけて飛んできた。剣を握るドレイクの両手首に絡まった鎖を先の男が引く。
「ドレイク様、危ない!」
ブーメランを投じた男は勝ち誇ったように言った。
「立派な剣に頼り過ぎたな。昔から言うだろう、『剣に願いを、両手に花を』ってな。ま、あんたの場合は両手に鎖だがな。悪いな、死ね!」
月明かりを返して煌めきながら、刃付きのブーメランが高速で回転して迫ってくる。その時、ドレイクは剣を高く放り投げると、クルリと回りながら鎖を手繰り寄せて、その鎖でブーメランを受けた。闇夜に火花が散って鎖が断たれ、ドレイクの両手が自由になる。満月の前で回転した剣は、そのまま落ちると、ドレイクの両手に再び握られた。風に舞う白髪の中で、ドレイクの鋭い眼が光る。
かろうじてブーメランを受け止めた男は、強く舌打ちした。
「チッ、やりやがる。ただの騎士じゃねえな。聞いていた話と違うぜ」
剣の残像でインフィニティを描いて構えたドレイクが、その端正な顔でニヤリと片笑んで言う。
「いったい誰から、どう聞いていたのかな。なぜ戦いを挑んでくる!」
ブーメランを仕舞いながら考えた男は、読者の方を向いて言う。
「これは『正義の戦い』です。1話完結、約2600字で読みやすい! よろしく!」
もう一人の男も切れた鎖を放り捨てて読者の方を向く。
「ただの悪ふざけです。すみません。『オアシス戦記』、完結済み1話の異世界ファンタジー! 絶賛読まれまくり中、よろしく!」
「な、なにを言っているのだ」
困惑するドレイクにヨードが言った。
「ドレイク様、何かの呪文かもしれません、気を付けて!」
「く、魔法使いの暗殺者か! 手強い相手と見た。さあ、来い!」
ドレイクは素早く剣を振り回すと、アルラウネ公国の騎士道院で学んだ対魔法使いの構えをとる。
それを見たブーメランの男が後退りしながら言った。
「おい、刺客A、何をしている! おまえも戦え!」
言われた男は懐からマイクを取り出すと、手を振りながら歌い始めた。
「じれったーい、じれえったいい……♪」
ドレイクは鋭い視線で身構える。
ブーメランの男はさらに声を張った。
「おい、兎ども、出番だ! やっちまえ!」
「――あ、僕たちのことかな、サッキー」
「たぶん、そうね、ウッキー」
「なんか武器もってる?」
「人参なら……」
「そっかー。それはもったいないな」
「私の兎蹴りじゃダメかしら」
「どうかなあ。しかし、僕ら、どうしてこんな厄介なバイトを引き受けちゃったんだろうね」
「何言ってるのよ、ウッキーがカピバラ天国で余計な浪費をするからでしょ!」
「あ、そっか。ごめん……」
四方を敵に囲まれて絶体絶命のドレイクとヨードは、背中を合わせて立ち、汗を浮かべて身構えた。すると、その様子を横の建物の窓から見ていた白いひげの老人が叫んだ。
「憲兵さーん、強盗ですよお、誰かいませんかあ、憲兵さーん」
彼は叫び声と同時に鉄製の鍋の底を棒で叩き始めた。
顔を見合わせた男たちは、オロオロと慌てると、一目散にその場から立ち去った。
ヨードが額の汗を拭う。剣を鞘に戻したドレイクは、ドアを開けて中から手招きしている老人の方を向いた。
「かたじけない。助かった。礼を言わせてくれ」
「そんなのは後でいいから、お二人さん、早く中へ入りなさい」
ドレイクとヨードは言われるまま、その部屋の中へと入っていった。
◇◇◇◇(また、コレ。今度は四つだ。「しかく」だけに。フフフ)
二人はリビングに通された。建物の一階の角で、狭くて随分と傷んでいるうえに日当たりの悪そうな部屋だ。
老人は二人に温かいスープを出してくれた。自分のソファーに腰を下ろした老人は、ダイニングテーブルの席についている二人を指差して言った。
「あんたら、アルラウネ公国から来たんじゃろう」
二人は顔を見合わせた。老人は続ける。
「おぬしの剣の構え方、あれはアルラウネの剣術の構えじゃ。しかも、難しい高等剣術。この国の人間は知らんはずの。さては、騎士道院出身のエリート騎士じゃな」
「どうしてそこまで」
ドレイクが尋ねると、老人は笑いながら答えた。
「読んでおるか? 『夜の月、朝の雨』を」
「え、ええ。まさか……」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。そうか、そうか。良かった。少しはワシの本も役に立っているようじゃの」
「では、あなたは、あの名著の作者であられる……」
「シー。声が大きいぞい。こちらのアウドムラ王国までお忍びで遊びにきているのじゃからの」
「遊びに?」
「そうよ。アルラウネ公国では『るろ剣』北海道篇が放送されとらんからの。こっちではケーブルテレビで見放題だからの。だから、見に来た」
「なるほど」
「なるほどじゃないでしょ、ドレイク様。さっきの奴らは刺客ですよ。我々の正体を知っていて、追ってきたに違いない。早く移動した方がよいのではないですかね」
「どこに移動するつもりじゃ」
「王都です。我々はアウドムラ王に会いに来ました。この戦争を終わらせるために」
「なるほどな。それなら、今夜この町に来ているニクスという男に会うといい」
「ニクス。何者なのですか」
「駐留部隊の師団長じゃ。筋肉モリモリの男じゃよ」
「そうですか。探してみます。ありがとうございました」
ドレイクとヨードはその家を出ようとした。すると、外で何やら騒がしい音がした。ガチャガチャと鎧が鉄をぶつける音だ。ヨードが窓から外を覗いてみる。
「ドレイク様、何やら兵士たちが走り回っていますぜ。町の人間も……これは逃げ回っているようですぜ」
「なんだと!」
ドレイクはドアを開けて外に飛び出していった。ヨードも外に出る。周囲を見回しているドレイクにヨードが叫んだ。
「ドレイク様、ドレイク様、兵士たちが門の方に駆けて行っていますよ。アウドムラの紋章付きのマントで身を包んだ魔法使いらしき連中もいました。こりゃあ、実戦に違いない」
それを聞いたドレイクは剣を握って門の方へと駆けていった。逃げ惑う人たちに向けて兵士が叫んでいる。
「政府に雇われた傭兵はいないか。いたら全員直ちに出動しろ! 町の門が破られた。敵がなだれ込んできているぞ!」
近くを通った兵士にドレイクが尋ねた。
「敵とは誰だ。アルラウネ公国の軍隊が攻めてきたのか?」
その兵士は怒鳴った。
「違う! ミノタウロスの群れだ! それにやさぐれドワーフ連中と、ちょい悪エルフどもが加わった大軍勢が町に攻めてきているんだ! おまえは傭兵か!」
「いや、私は騎士だ」
「き……とにかく、傭兵なら前線に戻れ、我々は民間人を避難させる」
するとそこへ、門の方から白い犬が走ってきた。何か布切れらしき物を咥えている。ひろしだ。後ろから血相を変えた傭兵たちが走ってきている。
「だ、駄目だ! 助けてくれ!」
ドレイクとヨードの間をひろしが駆け抜けていった。その後から傭兵たちが決死の形相で逃げてくる。その後から半人半獣の魔物ミノタウロスが大きな斧を振り上げながら追いかけてきていた。
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