第37話 怪奇レポート009.旧病棟のナースコール・壱
いつもと変わらぬ
珍しいな、と思いながら受話器に手を伸ばす。
「すみません、助けてください」
いきなり飛び込んできた切羽詰まった声に、私は面食らってしまった。
救急か警察と間違えてはいないだろうか。
心配になりながら詳しく話を聞いてみると、電話の主はキッカイ町立病院に勤務する小林さんという看護師で、無人の部屋からのナースコールに悩まされているのだという。
よくある病院の怪談かな? という印象だけれど、小林さんの声は真剣そのものだ。
「もしお時間があるのでしたら後ほど病院に伺いますが……」
私が申し出ると、小林さんは「是非!」と即答した。
その様子を見るに、よっぽど追い詰められているらしい。
「何時頃でしたらご都合がつきますでしょうか?」
「何時でも! 来ていただけるなら今すぐでも予定を開けます!」
小林さんの勢いに押されながら、私は病院へ訪問する時間を取り決めて受話器を置いた。
「
まだ名前を呼んだだけなのに、向かいの席に座っていた真藤くんはビクリと肩を震わせた。
「い、嫌っス!」
「まだ何も言ってないじゃん」
「病院って聞こえたっス! 絶対何かあるっス!!」
……まあ、依頼だからあながち間違ってはいないんだけど。
それにしてもビビリすぎじゃない?
「車の運転をしてくれればいいだけなんだけどなぁ」
「嘘っスね。こーづかさんは絶対俺を巻き込むっス!」
「うっ……」
否定できない。
心当たりがありすぎる。
「それじゃ、ワタシが運転しましょうか?」
「え?
「安心してください。まだ一回しかぶつけてませんから!」
一回、「しか」??
一回ぶつかってるんだよね??
それなら私が自力で運転した方が安全な気がするよ。
私、免許ないけど。
「う、運転だけっスからね……」
真藤くんも危険を察知したのか渋々ながら運転手に名乗り出てくれた。
結城ちゃんはちょっと不服そうだけど、安全が第一だから……。
「決まったみたいね。
わたしがここに残ってるから、みんなは気にせずいってらっしゃい」
キッカイ町立病院は、私の前の職場であるキッカイ町役場から歩いて数分の距離にあるキッカイ町で一番大きな病院だ。
電話をくれた小林さんは今日は非番だったのか、私服姿で病院の前に立って待っていた。
「お待たせしました!」
「いやいや、全然待ってませんよ! ……あ、お車は隣の旧病棟前の職員駐車場へ停めてください」
「了解っスー。俺はそのまま車で待ってるっス」
そう言うと、真藤くんは私と結城ちゃんを車から降ろして一人颯爽と車を走らせる。
「すみません。わざわざ運転手の方にまで来ていただいてしまって……」
小林さんは深々と頭を下げた。
私は真藤くんが運転手だと勘違いされている状況が面白くて笑いが抑えきれなくなってしまった。
つられて結城ちゃんも笑う。
「彼も伏木分室の職員なんですよ。病院は怖いからって逃げてるだけです」
「あ、そうなんですか? とにかく、長くお待たせするのも申し訳ないので手短に済ませますね」
困惑ぎみの小林さんに案内されて私たちは職員専用の出入り口から病院の中へ入った。
普段は見ることのない病院の裏側。
迷うことなく廊下を進んでいく小林さんを見失わないよう、小走りで後ろに続いた。
途中、私たちは渡り廊下に差し掛かり、そこから建物の様子が古めかしくなったので旧病棟へ入ったらしいと知った。
小林さんに先導されて乗った職員用のエレベーターが目的の階に到着し、扉が開く。
それと同時に何重にもなったアラームのような音が耳に飛び込んできた。
「これは……?」
「ナースコールです。これをどうにかしていただきたくて来ていただいたんです」
言いながら小林さんがエレベーターのすぐ隣にある部屋の扉を開けると、アラームの音がひときわ大きくなった。
部屋の造りがドラマでよく見るナースステーションにそっくりだったので、少しだけテンションが上がる。
けれど、私たち以外の人がいない。
壁に取り付けられた受話器の横にあるボード全体が赤く明滅している。
これがナースコール?
「電源を切ってるのに鳴り止まないんです」
うんざりした様子の小林さんの声も、鳴り止まないナースコールにかき消されそうになっている。
それにしても、電源を切っても鳴り止まないなんて。
「入院されている患者さんが鳴らしているんですか? それか、機械の故障とか」
だとしたら私たちの専門外なんだけど……。
私の期待をばっさりと切り捨てるように小林さんは首を横に振る。
「今この旧病棟に入院している患者さんはいません。少し前までは一部を職員の仮眠室や物置部屋として使っていたんですが、かなり老朽化が進んできたので建物の奥の方から順に取り壊しを進めているんです」
人がいないのは工事をしているせいってことか。
「たとえばですけど、工事の途中でナースコールの配線に不具合が起きたとかそういうことはありませんか?」
「ないと思いますよ。業者の方もこういうことは初めてだって仰っていて、そのせいで一時的に工事が止まってるんです」
「あの、ナースコールが鳴ってる病室に行ってみてもいいですか?」
結城ちゃんは何かが気になるのか、病室に続く廊下にチラチラと視線を向けている。
「もちろんです。では、ご案内しますね」
そう言うと、小林さんは先頭に立って歩き出した。
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