第16話 怪奇レポート005.落ちた花弁から滴る血・伍

 伏木分室から須鯉造園のある名園なぞの自然公園までは車でおよそ三十分。

 その移動の間に助手席に座る小津骨さんが紺野生花店で仕入れた情報を私たちに教えてくれた。


「紺野生花店は紺野さんご夫婦が経営している花屋さんだったんだけど、そこの奥さんの弟さんのお嫁さん――慧くんの同級生の夕花ゆかちゃんから見たら叔母さんね――のお父さんが須鯉造園の会長なんですって。そのご縁でいくつかのお花は須鯉造園から仕入れているみたいね。

 でも、花から血が出てきたなんて話は聞いたことがなかったみたいでご夫婦も驚いてたわ」

「そんな繋がりがあったなんて……。すごい偶然ですね」

「問題のバラはいつも須鯉造園から仕入れてるんですか?」


 結城ちゃんの問いかけに小津骨さんは首を横へ振った。


「あれは慧くんのために特別に送ってもらった花束だったらしいわ。

 ……その、娘さんが、ね。慧くんに片思いしてたらしくて」


 声をひそめながらこっそり教えてくれた甘酸っぱい青春ストーリーに絶叫したのは結城ちゃんだった。


「尊い! 尊すぎますって!! 死んじゃう! 浄化されて死んじゃうっ!!!」


 結城ちゃんは両手で顔を覆ってバタバタと体を左右にゆする。

 その衝撃で軽自動車も右へ左へ蛇行しはじめた。


「結城ちゃんっ! 落ち着いて!!」


 このままじゃ事故が起きる。

 結城ちゃんを止めることが隣に座る私の責務となった。


 とはいえパワハラ、セクハラ、それに準じるものはご法度。

 細心の注意を払いながら……。


「着いたっス~!」


 緊張感に欠ける真藤くんの声に初めて救われたような気持になった。

 結城ちゃんを止めることで必死になって気付かなかったけれど、真藤くんが運転する車は名園自然公園の駐車場へゆっくりと侵入して行く。


 中央地区の商店街や布佳海ふかかい地区のビーチなどと並ぶキッカイ町での数少ない観光・デートスポットということもあってか、平日の昼間だというのに自然公園の駐車場はほぼ満車だった。


「運転おつかれさま〜」


 小津骨さんは真藤くんに声を掛けながら颯爽と車を降りて歩き出す。

 私たちもその後に続いた。


 名園自然公園は名前の通り手付かずの自然が残されている場所らしく、遊歩道として整備されている区画より奥へは入れないようにロープが張られている。

 心地よい風と木漏れ日に包まれた遊歩道を進んでいくと、辺りが急に拓けて大きな湖が現れた。

 湖では手漕ぎボートを楽しんでいる人たちの姿もある。


「すごーい! 名園自然公園ってこんないい所なんですね」

「香塚先輩、ここ初めてですか!? わたしたちは遠足だったり校外学習だったりお祭りだったり、何かにつけてここに来てたから……正直もう飽き飽きなんですよね」


 結城ちゃんの言葉に真藤くんも無言で頷く。

 たしかに、地元の人からすればそうなんだろうけど……。


 町役場で仕事をしている時に名園自然公園での催し事のポスターを作ったこともあったから、場所や写真に映った景色は知っていた。

 だけどなかなか実際に来るタイミングがなかったのだ。

 今はそれを心底悔やんでいる。


「あったわね。須鯉造園」


 小津骨さんは左手に現れた緑のアーチを指さした。

 生い茂った植物のツルに半ば隠されているが、そこにはしっかりと「須鯉造園」の文字が読み取れる。


 その隣には軽食やドリンクを売っている売店や公衆トイレが並んでいて、湖に向かって設置されたベンチはどれも満席状態だ。


「それじゃ、私は須鯉会長とちょっとお話をしてくるからあなたたちはこの辺りを好きに見ててちょうだい」


 小津骨さんは既にアポを取っていたようで、須鯉造園のスタッフさんに声を掛けるとそのまま奥の事務所らしき所へ案内されて行った。


「先輩、見たい場所とかあります? 案内しますよ!」

「っス〜!」


 笑顔を向けてくれた二人に、私は須鯉造園を指さすことで応えた。


「せっかくだし、取材も兼ねて入ってみていい?」

「こーづかさん真面目っスねぇ……」


 真藤くんはどこかへ遊びに行くつもりだったのかちょっぴり落胆しているようだ。

 だけど、私はそれに構ってなんかいられない。


 私にはこの仕事をきちんとやり遂げて図書館に配属してもらうという重大な目標があるのだから。

 この事件もサクサクッと解決して仕事ができるってところをアピールしないと!


 緑のアーチをくぐった私を出迎えたのは、石材でできたオブジェたちだった。

 有名な彫像のレプリカや、キャラクターの形をしたポップなものから、日本庭園にありそうな石燈まで様々な種類のものが並んでる。


 向かって左手側には巨大な庭石もあり、根元を麻布のようなもので巻かれた庭木の苗は陽の光を浴びて葉の緑を鮮やかに輝かせていた。さすが、「造園」と掲げているだけある。

 右手側に視線を移すと色とりどりの花や観葉植物が所狭しと並んでおり、多くの人が足を止めて鉢植えを吟味している。


「あの中にバラもあるのかな?」

「えーっと、バラは向こうに専用のコーナーがあるんですよ」


 結城ちゃんが背伸びしながら小津骨さんの向かった事務所のさらに右奥にあるビニールハウスの方を指さした。


「あっちにバラ園専用の出入口があるんです」

「へぇぇ~……。すごい力の入れようだね」

「あれバラ園だったんスか! 俺ずっとお仕置き小屋だと思ってたっス」


 一人変なのが紛れてる気がするけど無視しよう。


「バラ園の方、行ってみてもいいかな?」


 私が言い終わるのを待たず、結城ちゃんはニコニコ顔で歩き出す。


 混雑から逃れるために一度須鯉造園を出てバラ園側の入り口へ向かうと、スーツ姿の男性二人と同じくスーツ姿の女性が出てくるところだった。

 バラ園には不似合いな格好だなぁと思いながらその集団を見ていると、真藤くんが「ゲッ」と声を漏らした。


「お? 怜太じゃないか」


 スーツ姿の男性の片方が足を止めて真藤くんに笑顔を向ける。

 私はその男性の顔に見覚えがあった。


「真藤町長?」

「親父……」


 しんどう、真藤……――。

 あ。


 私と結城ちゃんは声もなく顔を見合わせた。

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