第10話 怪奇レポート004.今日は笑顔の記念写真

香塚こうづか先輩おはようございま~す」

「おはよ~」

「ゆーきちゃんご機嫌っスね」


 いつも通りの朝。

 ……のはずなんだけど結城ゆうきちゃんのテンションがいつもより高い。


「何かいいことでもあったの?」


 私が問いかけると、結城ちゃんはコクリと頷いた。


「今日は全員が笑顔だったんですよ。占いで言うならハッピーウルトラ大吉? 一等賞? みたいな感じですね!」


 結城ちゃん、さてはちゃんと占いを見たことがないな?

 とりあえず言いたいことはわかったけど。


「みんな……? みんなって誰?」


 私たちのことかと考えもしたけれど、私が勤め始めた頃からずっと伏木分室のみんなが朝から不機嫌だったことはない。

 むしろ笑顔なのが通常運転だ。


 それなら、通勤途中に出会った人たち?

 だとしたら嬉しいじゃなくて気味が悪いって感想になりそうだよね。


「ワタシの家族です」

「あ、御家族?」

「ゆーきちゃんの家族っていっつも機嫌悪いんスか?」


 真藤しんどうくんが心配そうに結城ちゃんの顔を覗き込んだ。


「ううん、機嫌が悪いわけじゃないと思う」

「じゃあどういうことっス?」

「ワタシが大学三年の頃だから……、もう三年か。三年前にみんな事故で死んじゃったんです」


 突然の結城ちゃんの告白に私は言葉を失う。

 それは真藤くんも同じで、重い沈黙が私たちの間に立ち込めた。


「事故の直前に撮った写真のデータが奇跡的に残ってたから、遺影の代わりに写真立てに入れて飾ってるんですよね」

「その写真の表情が変わる、と?」


 私たちの話に興味を引かれたのか、小津骨おつほねさんも話の輪に入ってきた。

 結城ちゃんはにこっと笑って頷いて見せる。


「いいことがある日は笑顔ですし、悪いことがある日は怖い顔になるんです。だから朝の占いみたいな感じで毎日見るのを楽しみにしてて」


 それが今日は満面の笑みを浮かべていたということか。


「面白いわね。今日の怪奇レポートはその写真について書いてちょうだいよ」

「写真についてですか? レポートに書けるだけの内容はありませんけど……」

「あるじゃない。いつ頃から表情が変わるようになったとか、どういう表情の時にどんなことが起きたかとか」


 小津骨さんの助言を受けた結城ちゃんは困ったように「ふむぅ~」と唸っている。


「香塚さんって今まとめてるレポートはどのくらいで終わりそう?」

「九割できてるので、あとは小津骨さんのチェックをもらって細かい修正をしたら終わりです」

「そう。なら残りはわたしが預かるから結城さんの方を手伝ってあげてちょうだい」


 ポン、と肩を叩かれたので、私は了承の意を伝えた。

 結城ちゃんもそれならできそうだと思ったようで表情が明るくなる。


「こーづかさんまだ途中なんスよね? なら俺がゆーきちゃんとやるっス!」

「怜太! アンタは直しが山ほどあるんだから今日は一日わたしと一緒に特訓よ」


 小津骨さんに首根っこを掴まれ、真藤くんが強制連行されていった。


「あの二人って本当に仲良しですね」

「本当だねー。小津骨さんったら真藤くんのこと下の名前で呼んでるし」

「実は二人、付き合ってたりして」


 絶対にありえないと言い切れないところが小津骨さんの怖いところなんだよなぁ。

 なんて思いながら、レポートを作るため席に着く。

 まず取り掛かるのは情報の整理だ。


「写真を撮った日のこと、覚えてる範囲で教えてもらえるかな? つらかったら無理に話さなくて大丈夫だから」

「はい! 全然大丈夫ですよ。

 あの日、ワタシたちは家族でドライブに行っていたんです。

 海で遊んだり、美味しいご飯を食べたりする日帰り小旅行って感じで。

 その帰り道にあったサービスエリアで撮ったのが表情の変わる写真です」

「なるほどね。写真を撮った時に何か異変とかはあった?」


 この前の取材の時にしたように、メモを取りながら話を進めていく。

 結城ちゃんは頬に手を当てて考えるようなしぐさをしてから首を横へ振った。


「なかったと思います。初めて行くサービスエリアでしたけど、人もたくさんいて賑やかでしたし。カメラも普段から使ってるものでした」

「ふむふむ」


 相槌を打ちながら、一番聞きにくいところへ踏み込むために心の準備をする。

 どういう言い回しにしたところで、彼女の傷をえぐらないはずはないのだけど、それにしてもできるだけダメージを与えないように……。


「ワタシ、乗り物酔いしやすくって。サービスエリアを出てからしばらくして、酔わないようにって寝ちゃったんです。

 三十分くらいしてからかな。すごい衝撃があって飛び起きて。その瞬間は何が起こったのか理解できませんでした」


 私の心の準備が整う前に結城ちゃんはどんどん話を進めてしまう。


「運転席のお父さんと助手席のお母さんは即死だったらしいです。

 後ろに乗っていたワタシと弟は病院に運ばれて。ワタシは運よく足の骨折だけで済んだんですけど、弟は頭も打ってたみたいでそれが原因で次の日に亡くなりました。

 そんな大事故の中、運よくデジカメは生きてたんですよ! だから、退院して真っ先に写真の現像をしたんです」

「その写真が表情の変わる写真ねぇ……」


 壮絶すぎる体験と、それにつり合わない結城ちゃんの笑顔に私は戸惑いを隠せなかった。

 今なら事故のショックのせいで家族の幻覚を見ているんだと言われても信じてしまうだろう。

 それでも、結城ちゃんは至って冷静で真面目に語りを続けていく。


「表情が変わってるって気付いたのは退院して一ヶ月くらい経ってからでした。

 それまでも何か違和感があるような気はしてたんですが、その原因まではわからなかったんですよね」

「そう、だよね。写真の表情が変わるなんて思いもしないし……」

「そうなんです!

 その日はちょうど四十九日で。遺影を置けるほど気持ちの整理もついてなかったから、代わりに記念に撮った写真を使ってたんですよね。そうしたら笑顔で撮ったはずの写真なのにみんなの表情が暗く見えるって話になって」


 翌日改めて確認してみると結城ちゃんのお母さんだけが笑顔になっていたらしい。

 写真の表情の変化が何を意味するか、その頃の結城ちゃんにはピンと来なかった。


「一ヶ月くらい観察日記をつけたらやっとわかったんですよ!

 お父さんが健康運、お母さんが恋愛運、弟が金運でした」


 そんな馬鹿な。

 普段の何気ない雑談であればそうツッコミを入れたくなるような話だけれど、今回は取材というていなので黙々とメモを取る。

 みんなが笑顔だと「ハッピーウルトラ大吉」なのはそういうことか。


「ところでさ、写真の中の結城ちゃんも表情は変わるの?」

「変わりますよ~。ただ、ワタシの表情だけはまだ規則性が読めなくて。総合運かなって思うようにしてます」


 そこまで聞いてレポートにまとめた時、終業を知らせるチャイムが爆音で鳴り響いた。

 今日もまた半日で終わる日だったようだ。


 それにしても意外だったな。天真爛漫に見えていた結城ちゃんにこんな過去があったなんて。

 小津骨さんはそのことも薄々わかっていたからうっかり口を滑らせそうな真藤くんを引き離して私にその役目を与えたのかもしれない。


「お昼兼夕食ってことでどこか寄って帰ろうか。取材料ってことで私がおごるよ」

「ほんとですか!? 仕事も早く終わったし、やっぱり今日はハッピーウルトラ大吉です!」

「ハッピーウルトラ大吉ならさ、宝くじでも買ってみたら? 一等とか大当たりしちゃうかもよ?」

「わぁ~! それロマンですねぇ」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる結城ちゃんを引き連れて、私たちは夕暮れの町へと繰り出した。




【怪奇レポート004.今日は笑顔の記念写真


 概要:家族写真に写っている人物の表情が変化する。

 写真は三年前に撮影されたもので、撮影直後に一家は事故に遭っている。

 その結果、報告者は骨折により入院。それ以外の三名は死亡。

 報告者は退院後、遺影の代わりにこの写真を飾っていた。


 報告者は写真に違和感を覚えるようになり、確認したところ写真の中の人物の表情が変化していることに気が付いた。

 表情が明るいほど報告者の身に良いことが起こり、暗いほど悪いことが起こるため虫の知らせのようなものではないかと思われる。


 対応:遺影として使用しているということであり、危害が及んだこともないため現状通りの保管方法を取る。

 報告者には異常が起こり次第報告するよう伝達した。】 

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