マキナ・リベラティオ 森の医師擬きマーサ・フォクストロットの話

平たいみかん

「マキナ」の名を持つ女

私は自分の名前が好きだ。

何故なら、この名前は都市を支える大きな機械の名前と同じだからだ。

親はクソだが、この名前をつけてくれたことにだけは感謝している。

産んだ時には「あの母なる機械のように、皆を支えられる子になりますように」と願いを込めたらしい。

私が小さい頃、母はよく枕元で御伽噺を聞かせてくれたし、父はよく遊んでくれた。

だが、今では父は失踪し、母は毎日酒を飲んでは荒れている。

だから私は、とっととこんな家出ていってやろうと思っていた。


私の知り合いに、カルナという女が居る。

彼女は、私とは正反対のような性格で、落ち着いていて、とても優しかった。

カルナと初めて会ったのは2年前、私が家にいることに嫌気が差して、ふらふらと歩いている時のことだった。

家を出てかなりの間歩いていた時、ふと顔を向けた椅子に、腰をかけて本を読んでいた彼女に、何処か昔の母のような雰囲気を感じ、目を奪われたのだ。

しばらくそのまま見ていると、彼女の方が私に気付いたようで、声を掛けてきた。



「どうかしました?お姉さん。私の顔に何かついてますか?」



初めて聞いた彼女の声は、とても透き通っていて、心地よくて、でも何処か儚く、守りたくなるような声だった。



「あぁ、いや、悪い。そういう訳では無いんだ。なんだか、昔の母に似ていて⋯。」


「そうでしたか。ところで、お姉さんはここが何処だか知ってます?」


「いや、知らない⋯。というか、確かに何処だ?ここは。初めて見る場所⋯だな。」



あんな家に帰りたくないなど、色々と物思いに耽っていたらいつの間にか知らない場所に来ていた。

普段いる場所よりかなり治安が悪く、よく見れば家を持たないホームレスばかりのようだった。



「ここは地下街、お姉さんのような綺麗な身なりの人が来る場所じゃないですからね。それに、お姉さん不用心すぎるんですよ。」


「不用心⋯?」


「はい、だって、こんな簡単にお財布スられちゃうじゃないですか。私、こんなに簡単に盗れた人初めてですよ?」


「えっ、財布⋯?」



急いで自身のポケットを探る。

確かに、普段から持ち歩いているはずの財布が無い。

探していると、彼女が私の財布をこれみよがしに持っていた。



「やりやがったな⋯!」


「あぁ、返しますよ。中身もそんなに無いみたいですし。あと、ここでは盗られる方が悪いんですよ?そういう場所なんですから、気をつけないと。」


「そういう場所ったって⋯、んなもん好きで来た訳じゃねぇのに⋯。」


「そんなこと言ってると、また盗られちゃいますよ?」


「うっ⋯、それは困るな⋯。」


「私がここでの生き方、教えてあげましょうか?まぁ、貴方がお家に帰って今のまま安全に生きたいって言うなら話は別ですけど。」



私には、答えなんて1つしか無かった。

少なくとも、今のまま生きるより、ここで新しい生き方を教わる方がずっといいと思った。



「わかった、ここでの生き方、教えてくれ。今のまま生きるなんて嫌だ。」


「そう言うと思ってましたよ。私はカルナです。苗字はありません。」


「私はマキナ。マキナ・ヘネシーだ。よろしく頼む。」


「こちらこそよろしくお願いします。容赦はしませんからね?」


こうして、私はカルナの元へ通うようになった。

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