第23話 今後の方針
「……ん。おいしい」
「そうか。それは何よりだ」
口にスプーンを咥えながら、ユリが頷く。
トバリは椅子に座り、そんなユリの様子をテーブルを挟んだ対面から満足そうに眺めていた。
ユリは椅子にちょこんと腰掛け、レトルトカレーを次から次へと口へ運んでいく。
それは、トバリがユリのために作ってやったものだ。
作ったと言っても、ただご飯を炊いて、レトルトカレーをレンジでチンとしただけだが。
「いや、それにしても本当によかった。人肉しか食べられないとかだったら相当問題だったよな……」
「ふぉう、だね」
トバリの言葉に、カレーをもぐもぐしているユリが同意する。
最近のユリは、飢えを凌ぐためにゾンビ化した人間の肉ばかり食べていたらしい。
それに伴って、ユリの身体にも何か特別な変化が起こり、普通の人間が食べる食べ物を摂取できなくなっているのでは、という懸念が、トバリの中にあった。
トバリと同じように、ユリも明らかに普通の人間ではない。
今のユリはむしろ、ゾンビとしての性質のほうが強いようにすら思われる。
安藤の話の中で、ユリに噛まれた人間はゾンビウイルスに感染したらしいので、彼女がゾンビウイルスを体内に保菌していることは確定的だし、人肉を好んで食べるのもゾンビによく見られる性質だ。
しかし、トバリのそんな心配は杞憂だったようだ。
トバリの目の前にいるユリは、今も口元をカレーで汚しながら、黙々とカレーを食べ続けている。
その姿は、まさにカレーを夢中になって食べている女子小学生に他ならない。
癒されこそすれ、恐怖を抱く対象にはどうしても見えなかった。
「……ごちそう、さまでした」
「はい。おそまつさまでした」
トバリとユリは手を合わせて、ごちそうさまを言ってから食事を終える。
そんなトバリたちの隣では、刹那も同じように手を合わせていた。
「さて、ユリ。ちょっといいかな?」
「ん?」
洗い物も終わり、手持ち無沙汰になったユリに対して、トバリが声をかける。
あくびをかみ殺して、ユリはトバリのほうに向き直った。
「ユリの事情はある程度把握してるつもりだから……僕のことも、ユリには少し話しておこうと思う」
「……うん」
ユリは少し緊張した面持ちで、トバリの言葉に頷く。
彼女がしっかりと話を聞く体勢になっていることを確認したトバリは、軽く唇を舐めた。
「それじゃあ、何から話そうか……」
トバリは、自分がパンデミックに気付いてから、今日に至るまでの行動をユリに話した。
八月三十一日になるまで、世界中でパンデミックが発生しているのを知らなかったこと。
ゾンビと化した刹那に噛まれたにもかかわらず、発症しなかったこと。
食糧を求めてコンビニへ行ったら、元クラスメイトの生き残りがいたが、態度が気に食わなかったので見捨てたこと。
この周辺の情報を求めて、避難してきた人が集まっていそうな小学校へと向かったこと。
そこで、ユリと出会って、今に至ること。
そして、トバリがこの終わってしまった世界で、今もなお行動し続ける理由も。
「ユリの復讐の対象が安藤たちだったように、僕にも恨みがあって、殺したい人間たちがいる。そして、そいつらの大半はまだ見つかっていない。ユリには、そいつらを探すのを手伝ってもらいたいんだ」
「……ん。わかった。ユリ、がんばる」
トバリの話を真剣な面持ちで聞いていたユリは、深く頷いた。
なぜかユリから、ものすごいやる気が溢れている。
まあ、悪いことではないので、別に問題はないのだが。
「それで、今後の予定だけど」
トバリは、テーブルの上に地図帳を広げた。
それを物珍しそうに覗き込むユリを横目に、トバリはある一点を指差す。
「まずは、ここ。僕と刹那が通っていた高校に行ってみようと思う」
「高校……? どうして?」
「『セフィロトの樹』について、安藤の言っていたことが本当なのか、確かめる必要があるからだ」
安藤の話の中には気になることがいくつもあったが、トバリが最も問題視しているのが、『セフィロトの樹』のことだ。
謎の法衣の男や、触手で男子生徒の体内をまさぐっていた化け物。
いずれも、『セフィロトの樹』と何らかの関係があると思われるものである。
気が狂った安藤が見た幻影などでない限り、それらは実在するということになる。
そしてもしそんな存在が実在するのならば、ゾンビから襲われないトバリであっても、決して安全圏にいるとは言えなくなるのだ。
「もしかしたら、高校に何か『セフィロトの樹』に繋がる情報が残されているかもしれない。ついでに何か役に立ちそうなものでもあれば、回収してきてもいいしね」
「なる、ほど」
ユリは、トバリの言葉に納得したように深く頷いた。
「それが終わったら……石鹸(せっけん)やら洗剤やらの残りが少し心もとなくなってきてるから、どこかで補充したいな。護身用のナイフとか食糧も。ここにある食糧にも決して余裕があるわけじゃないし……」
今後やりたいことを全て言っていくとキリがない。
時間の制約はほとんど無いに等しいが、順を追ってこなしていく必要はある。
「そうだ、そういうものを持って帰れるようにするために、車の運転もできるようにならないとな」
「トバリ、免許……持って、ないの……?」
「高校生だからね……。さすがにないよ」
もっとも、今の世界においては、免許の有無など些細な問題だ。
とりあえず車を走らせることができれば、それで十分だろう。
「まあとりあえず明日は、午前中は高校に行って、午後は車を運転する練習でもしようかな。物資の補給とかは明後日以降にするよ」
「わかった……」
幸いにも、高校までは自転車で二十分程度の距離だ。
ユリも自転車くらい乗れるだろう。
「……一応聞くけど、ユリって自転車乗れるよな?」
「乗れる、よ……」
その返答を聞いて、トバリは胸をなでおろした。
自転車にも乗れなかったらどうしようかと思っていたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
トバリがそんなことを考えていると、ユリのまぶたが徐々に降り始めていることに気がついた。
「どうした? 眠いのか?」
「うん。すごく……ねむい」
ユリはまぶたを擦りながら、必死に意識を保っているように見える。
その様子は見ていて可愛らしいものだったが、無理をさせるのはよくない。
「眠いなら寝ていいぞ。ユリはまだ小学生なんだから、いっぱい寝ないとな」
「うん……」
トバリのお許しが出ると、ユリはテーブルの上に突っ伏して、すぐに寝息を立て始めた。
「あらら……寝ちゃったか」
ユリを起こさないように、静かに二階へと足を向けた。
来客用の布団を押入れから引っ張り出してリビングの床に敷き、その上にユリの身体を寝かせる。
「よく寝てる……。やっぱりだいぶ疲れてたんだね」
ふと、そばにいる刹那と目が合った。
そして、その膨らんだ胸に視線が向かう。
「…………刹那」
トバリは、無意識のうちに唾を飲み込んでいた。
その身体がどれほど素晴らしい感触なのか、トバリは知っている。
ユリが寝ている以上、二階に上がって刹那と行為に及ぶことも可能だったが、
「……いや。今日は、リビングで三人で寝よっか」
今日は、なんとなく、ユリを一人にするのは気が引けた。
トバリは追加の布団をリビングに持ってきて、それをユリの布団の隣に敷く。
トバリと刹那も、そのまま布団の中へと入った。
「……うーん。やっぱりダメか」
右手で刹那のおでこに触れてみたが、特に何も起こらなかった。
ユリとは記憶を共有できたが、刹那とはできないようだ。
まあ、なんとなくそんな気はしていた。
刹那とユリで、何が決定的に違うのかはわからないが、それについても調べる必要がある。
「おやすみ、刹那。ユリ」
トバリは、刹那と眠っているユリの頭を撫でる。
刹那はされるがままで、ユリはトバリの手に反応して少しだけ身をよじる。
こうして、終わった世界の夜は更けていった。
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