第8話 放置
「いやー、まさか、こんなところで夜月と会うなんて……。これも縁なのかな」
そんなことを言いながら、トバリが持っていた缶詰を平然とした顔で平らげる葛城。
トバリは、そんな彼女の様子を見てため息を吐いた。
トバリを招き入れた少女は、葛城(かつらぎ) 秋穂(あきほ)。
短めの黒髪が特徴の、トバリのクラスメイトだった。
葛城はこのコンビニでアルバイトをしていたらしく、パンデミックが起きた日から、ここに立てこもっていたらしい。
ずっと篭城していたものの、持ち込んだ食料も底をつき、外にはゾンビがうろついている。
葛城がどうやって食料を調達してくるか悩んでいたところに、トバリの独り言が耳に入ってきた、というわけだ。
「本当は、八月二十五日は登校日だったんだけどね。バイト入れてたからサボっちゃったのよ」
「なるほど」
これで、刹那が制服を身に着けていた理由も、ある程度合点がいった。
刹那はパンデミックが起きた日、登校日だったのでしっかり学校へ行ったのだろう。
その後で何が起きたのかは想像に任せるしかないが……。
「うーん。どうするかな……」
「え? 何が?」
「ああいや、なんでもないよ」
トバリは葛城に外の状況を説明しながら、彼女をどうするべきか悩んでいた。
「もしかして、今は外にゾンビいないの?」
「コンビニの中にいないだけで、外にはまだまだうじゃうじゃいるよ。コンビニの中ならともかく、外に出ていくのはまだ難しいんじゃないかな。自衛隊が来てる気配もないし」
「そっか……」
トバリの言葉を聞いて、葛城の表情に暗い影が落ちた。
「コンビニの中にゾンビはいないから、ひとまず食料はそこから調達すればいい。その後は……まあ、自分でなんとかしてもらうしかないけど」
「そんな! 一人で部屋の外になんて行けないわよ! だって、ゾンビがいるかもしれないんでしょ!? そんなところに何も持たずに行くなんて……」
葛城は驚愕の表情を浮かべ、泣き言を並べる。
トバリは、それを無視して言葉を続けた。
「……また何日かしたら来るよ。しばらくはここにいてもらうしかないけど、救助の人とか見つけたら、ここのことを教えておくから」
「えっ!? そんなっ!!」
可能性はほぼ無いだろうが、もしかしたら自衛隊や救助をしている民間人などに出会うかもしれない。
そのときに、ここに一人で篭城している葛城のことも伝えればいいだろう。
……そうトバリは思っていたのだが、そんな彼の言葉を聞いた葛城は、突然態度を豹変させた。
「な、なに?」
「こんなところに女の子を一人で残していくの!? 男なんだから、女の子を助けるのが当たり前でしょ!?」
そう叫んだ葛城は、半狂乱になりながらトバリの腕にしがみついてきた。
「うっ……臭っ……」
葛城から漂ってくる悪臭に顔をしかめながら、トバリは葛城を振りほどく。
「きゃっ!? な、なにすんのよ!」
トバリの行動に目を剥き、それを糾弾する葛城。
その瞳の中にあるのは、トバリの行動を理解できない戸惑いと、自身の欲求が解消されないことに対する不満だ。
「……やっぱりダメだ。僕はお前を助けられない」
「は……!? な、なんでよ!!」
「お前の言動が、僕にはさっぱり理解できないからだよ」
トバリにとって、葛城はただのクラスメイトだっただけの人間だ。
特に恨みがあるわけでもないが、好印象だったわけでもない。
そこまでして助ける気も起こらなかった。
それに、
「男なんだから、女の子を助けるのが当たり前? こんなになった世界でまだそんなことを言っていられるなんて、ホントに幸せな脳みそしてるね」
トバリの中にそんな常識はない。
そもそも、コンビニの中にゾンビはいないと言っているのに、なおトバリに助けてもらおうとするあたり、虫酸が走る。
自分のことは、自分でなんとかするべきだ。
「それじゃあね。助けが来るといいね」
そう言い残してトバリが部屋を出ようとすると、葛城が再びトバリへとしがみつき、
「み、見殺しにするっていうの!? そんなの、に、人間のすることじゃない!!」
「見殺しにするのは人間のすることじゃない、なんていう理論がまかり通るなら、お前もいじめられていた僕を見殺しにしてた時点で、同じ穴の狢(むじな)だよね」
葛城はトバリへのいじめに積極的に加担していたわけではないが、トバリを助けたわけでもない。
ただ見て見ぬフリをしていただけだ。
再びトバリに腕を振り解かれると、葛城は絶望に打ちひしがれた顔でその場に崩れ落ちた。
「ど、どうすれば助けてくれるのよ!?」
「知るか。自分で考えろよそれぐらい」
この後に及んで他人頼りというのは、いっそ見ていて軽く笑えてくる。
「じ、じゃあ……もし助けてくれたら、い、一回だけ私の身体を好きにしてもいいわよ」
「……ぷっ」
顔を羞恥と屈辱に歪ませ、必死になって媚びを売る葛城。
だがトバリにとって、それは少し笑えるだけの行動でしかなかった。
「……本当に幸せな脳みそしてるな、お前」
「は……?」
トバリの基準では、お世辞にも、葛城はあまり可愛いとは思えない。
身体つきもトバリの好みではなかった。
自分の身体にそこまでの価値があるとでも思っているらしいのが、無性に笑えた。
そもそも、そんな誘惑に落ちる男ならば、ここに入った時点で問答無用で葛城を押し倒しているだろう。
今現在レイプされていない時点で、葛城は自分に性欲が向けられていないことを察するべきだった。
もし葛城がまともな態度で、まともな条件をつけて交渉していたら、トバリも聞く耳を持ったはずだ。
だが、もうそんな可能性はない。
葛城の態度を見て、トバリは決断した。
彼女を完全に見捨てることを。
「じゃあな」
今度こそ、トバリは部屋から出た。
後ろで癇癪(かんしゃく)を起こしたバカが何かを喚きちらしているが、そんなのはトバリの知ったことではない。
コンビニから離れると、その声も聞こえなくなった。
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